『吉村誠也のTOOL BOX』 オートメカニック・95年8月号

 今、ドイツのニュルブルクリンク
にいる。オートバイのロードレース
世界選手権シリーズ第5戦・ドイツ
GPの取材のためである。    
 ドイツに来ていつも思うのは『硬
いものを造らせたら、ドイツ人にか
なう民族はいないんじゃないか』と
いうことだ。それは、日本からロン
ドン経由でデュッセルドルフの空港
に降りた途端に感じられる。   
 空港のターミナルビルなどという
最新の大規模な建造物でさえ、やは
り、ドイツのそれは、日本やイギリ
スのものとは違う。全体の造形では
なく、細部のパーツがいかにもドイ
ツ的。ドアのノブや灰皿、手すりや
エスカレーターのスイッチなどが、
日本のように生産性を重視したデザ
インではなく、イギリスのようにす
ぐに壊れそうな造りでもない。  
 とにかく、何を造るにも耐久性重
視・コスト無視、みたいなところが
感じられる。極めつけはバゲージカ
ート。大きさや重さでは成田の第一
ターミナルのものがフランクフルト
のと並んで世界一だと思うが、成田
のカートの耐久性はイマイチだ。ロ
ンドン・ヒースローのは、小型で洒
落たデザインだが、使いにくく、壊
れているものが多い。      
 成田のは直線的な材料を溶接で組
み立て、ヒースローのはボルト止め
を多用している。これに対して、ド

イツの多くの空港で見られるのは、
曲げ加工を多用して溶接個所を減ら
している。同じ使いかたをすれば、
後者のほうが耐久性は高いはずだ。
 同じ使いかたをすれば…、と書い
たのは、ドイツと日本では、手に触
れるものの扱いかたがかなり違い、
それがもの造りの違いになって現わ
れているのではないかと思われるフ
シがあるからだ。電灯のスイッチだ
って、日本人なら指先で『押す』と
ころを、ドイツ人は拳で『叩く』っ
て感じだからだ。        
 こうした取り扱いの違いからか、
ディテールを観察すると、ドイツの
工業製品には、角の落としかたが大
きなものが多いことに気付く。ドア
のノブや灰皿などにも『継ぎ』より
も『曲げ』が『型材の削り』よりも
『鋳物の磨き』が目立つ。恐る恐る
触ってみてから押すのではなく、と
りあえず叩いてみるためには、角や
隅のない造形でなければ、危なくて
使えないからではないだろうか。 
 どちらが原因でどちらが結果なの
かは別として、ドイツをはじめヨー
ロッパでは、キャスティングでパー
ツを作るのが簡単である。簡単とい
うよりも小回りが利くといったほう
がいいかもしれない。ほとんど趣味
のレベルの小ロットの鋳造パーツを
作ってくれるところが多いのだ。 
 もちろん、精度や強度はそれなり

だが、少々精度が低くても、継ぎ合
わせやはめ込みをしなければ、簡単
な削りや磨きで何とかなる。日本で
は組み立てで作るものや板をプレス
して作るものを、鋳造で一体成形し
てしまう。だから大きく・重いのだ
ろうが、実際の耐久性はともかく、
触ってみたときの信頼感は高い。 
 日頃からこういった造形に親しん
でいると、やはり、同じものを造る
にしても、その影響が現われるので
はないかという気がする。鉄板を曲
げて作るクルマのボディーにも、ど
ことなく鋳造の面の張りを感じさせ
るところがある。実際の板厚の違い
は別として、できあがった表面を見
て、折り紙と粘土細工の違いを感じ
るのは私だけではないと思う。  
 工具にも同じことが言えそうだ。
実際には、どちらも鋳造ないしは鍛
造と機械加工の組み合わせで作られ
るのだが、日本製の工具(と、その
手本となったアメリカ製の工具)は
機械加工でできた製品で、ドイツ製
の工具は鋳造や鍛造でできた製品だ
という雰囲気を漂わせている。  
 いくつかのパーツを組み合わせて
使うソケットレンチ類は前者に、単
品で完結するレンチ類は後者に、そ
れぞれ優れたものが多いのは、単な
る偶然ではないはずだ。     
                
                


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