早起きできたのは、澄んだ空気のおかげに違いない。夜露に濡れた道端の
草を踏み分けながら街道に出ると、ぽつんぽつんと、道端にミルク缶が置い
てあるのに気がついた。
ドイツの南西端にあるシュヴァルツヴァルト。ここにやってきたのは、ウ
ィーンやブダペストで見た、あの悠々と流れるドナウを、ほんのか細い山あ
いの渓流までさかのぼり、岩の間から浸み出る最初の一滴までをもこの目で
確かめたいと思ったからだ。
ドイツ人の心のふるさとといわれ、ヨハン・シュトラウスのワルツ『美し
く青きドナウ』には『遥かなシュヴァルツヴァルトから流れ出し…』と歌わ
れるドナウ川の源流地帯。中でも標高千メートルを超えるこのあたりでは、
春はゆっくりとやってきて、長いあいだ留まっている。
シェーンヴァルトとは、美しい森。その森の木々のフィルターで漉された
空気は、景色の輪郭をくっきりと浮かび上がらせ、人の気持ちにもみずみず
しさを与えてくれる。
やがて、道端の缶から牛乳を汲み上げに、集乳車がやってきた。毎日繰り
返されるその作業を見守る農家のおばさんたちが輝いて見えたのは、森の黒
さや、高原の空気を透過した朝日のせいばかりではない。
撮影地:Schönwald(ドイツ)
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