パドックの隠された逸材 レーシングメカニックたち
(ライディングスポーツ 95年7月号)

                          
 レーシングメカニックは最高に人間らしい仕事だ。ホワ
イトカラーとブルーカラーなる分類にあてはめれば、間違
いなくブルーカラーの典型。ちょっと前に流行った3Kど
ころか、危険・汚い・厳しい・禁欲的の4Kだ。でも、そ
れだけじゃ半人前。メカニックは肉体労働者であるだけで
なく、頭脳労働者でもあらねばならない。       
 比喩ではなく、本当に24時間戦える頑強な身体と、イン
パクトレンチやジャッキよりも強い力。そして、走行直後
のマフラーを素手で外せる、耐熱グローブのようでいて、
百分の1ミリの段差を感じとれる繊細な指先。まだある。
動作の俊敏さだ。手の遅いメカニックなんて、玉(マニア
は真空管をこう呼ぶ。ちなみに半導体は石)のアンプみた
いなもの。素晴らしい音質なら、ちょっとぐらい待たされ
てもいいが、待ってるうちに聴きたい気分が失せてしまっ
たんじゃ話にならない。優れたメカニックはみんな、こう
した肉体的条件を満たしている。           
 メカニックはまた、優秀な頭脳も持っている。彼らの頭
の中は、知識が詰まっているというよりはアイデアにあふ
れているという感じ。そして常に考える。ピットインして
きたライダーが「下りのヘアピン突っ込みでフロントが暴
れる…」なんて症状を訴えたとしよう。そこでいきなり手
を動かすようではダメだ。たいてい、フロントのイニシャ
ルをかけたり、圧減衰を強くするものだが、そんな対症療
法はマニュアルに書いてある。クスリを買ってきて飲むだ
けだったら医者は要らない。             
 サービスマニュアルに書いてなくても、何年もマシンを
触ってりゃ、それぐらいのことは頭の中のマニュアルにイ
ンプットされている。そうじゃない。優秀なメカニックは
手を動かす前に考えるのだ。その症状が出るときのマシン
の姿勢、荷重配分、ライダーの姿勢、コースの状態、そし
て、何が問題点で、どうすれば直るかなどを瞬時に考え、
それから手を動かす。考えもせずにメスを振り回す医者に
など、恐くて診てもらう気になれないではないか。   
 耐久レースの転倒修理なども同じだ。ピットインしてき
たマシンに我れ先に群がり、怒号が飛び交う中、人の足を
踏んづけ、工具をガチャガチャぶつけ、火傷や怪我をしな
がら何とか修復してコースに復帰させるなんてのは頭が悪
い証拠だ。かのギー・クーロン先生(ライオン丸。今年は
GPでルジアのNSR250を担当)を見習ってほしい。
 あれは89年の8耐。クーロンの担当マシンが排気漏れを
起こしたとき。すぐにピットインさせるほど切迫した事態
ではないが、できるだけ早く修理しなければならない。こ
のとき彼は、さまざまな破損状況を想定し、どう対処すべ
きかを、ピットにあるTカーでシミュレーションした。そ
して、マシンがピットロードに戻ってきたとき、彼はまわ
りの者を制し、手を動かす前に念入りに観察し、どうすべ
きかをじっくり考えたのである。約5秒。そこから先は彼
の独壇場だった。2分ほどでマフラー交換を終えたマシン
は2位を1周と1分半引き離して優勝した。      
 この一件は、もうひとつ、優れたメカニックに必要な条
件を教えてくれた。状況判断の正確さだ。予選中のピット
インだったら、必要な作業、残り時間、ライバルの状況な
どのデータを元に、何ができるかを瞬時に判断し、さっさ
と作業をする。もちろん、ときにはできないことだってあ
る。そんなときは間髪を入れず「悪いけど、このままで頑
張ってくれ」とライダーに言う。優柔不断が嫌われるのは
デートのときと同じだ。できるかどうかさっさと見極め、
できると思ったらすぐに行動に移さないと、できるものも
じゃなくて、できることもできなくなってしまう。   
 身体が強くて頭がいいだけじゃない。優れたメカニック
はセンスもいい。とくに造形的センスに秀でている。エン
ジニアが強度計算をして図面を引いたパーツよりも、メカ
ニックがちょいちょいと旋盤を回し、溶接して作ったパー
ツのほうが軽くて丈夫だったりする。         
 これらの他、マメさもメカニックという人種の特徴かも
しれない。ちょっとした機械の修理など、ヤな顔ひとつせ
ず簡単にやってしまう。それに加えて、ライダーとメカニ
ックが素敵な女の子を見つけたとき、先に声をかけるのは
メカニックのほうだというのもマメさの現われだ。   
 こんなふうに、身体と頭をバランス良く使い、やりがい
があるのがメカニックの仕事なのだ。サーキットに行った
ら、ライダーやマシンとともに、ぜひ、メカニックの仕事
ぶりを観察してみてほしい。そして、もしあなたが女性な
ら、彼氏やダンナにぜひどうぞ。真っ黒な手と寝不足の目
を除けば、コイツはけっこう掘り出しモノですよ。   
                          


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