36 バラトン湖畔を行く(1)


ハンガリーに入って50kmちょっとのところから
幅10〜20km、長さ100km弱のバラトン湖に沿って走る。
バラトン湖は、ハンガリーの有名なリゾート地だ。

かつては、国内はもとより
オーストリアやドイツ、遠くはオランダなどから
多くの観光客がやってきたという。
ところが“壁”崩壊以後は人気にかげりが生じ
ピーク時でもホテルに空室が目立ったり
廃業するレストランが多かったりするのだと
日本の新聞で読んだことがある。

地図では湖岸を通るように見えるが
実際に走ってみると、道から湖面はあまり見えない。
左手には、湖岸との間にある雑木林や
5kmほどの間隔で現われるリゾートタウン
右手には、草原の中に作られた競馬場や
競技用滑走路などのスポーツ施設
あるいはショッピングセンターなど
滞在型リゾートらしい景色が見える。

道の両側にある標識を見ると
“Balatonkeresztur”や“Balatonfenyves”など
頭に“バラトン”を冠した長ったらしい地名が多い。
長すぎて、クルマのスピードを落とさないと読みとれない。
“Tauberbischofsheim”とか
“Leopoldsteinersee”などというドイツ語圏の地名と
読みにくさではいい勝負だ。

クルマの中で夜を明かしたとき、いつも悩むのは朝食だ。
腹は減っているのに、なかなか思うような店がみつからず
結局昼まで何も食べないことが多い。
でも、ここはリゾート地。
湖岸の木立に囲まれて
雰囲気のいいホテルやレストランがいっぱいある。

“空き部屋あり”を意味する“Zimmer Frei”や
ペンションを意味する“Gasthof”など
ドイツ語の看板が目につく
だが、朝早いからか、それとも
まだ本格的なシーズンに入っていないからか
開いている店は見当たらない。
“腹減ったなぁ…。マック(マクド)やケンチキは、ないよなぁ…”

朝メシの食える店を探して、きょろきょろしながら
80km/hくらいに減速して走っているとき、1本の線路を横切った。
いつも、ヨーロッパに着いて最初の何日間かは
思わず踏切で減速し、後ろのクルマに急ブレーキを踏ませたり
クラクションを鳴らさせたりしてしまう。

しかし、慣れとは恐ろしいもので
このときは、もう“踏切あり”の標識を見ても
まったく意に介さず
そのままの速度で横切ったのだった。
タイヤがレールを横切る“タタタタッ”という音が聞こえた。
“おや? 変だぞ!”と思ったのはそのときだ。

ヨーロッパの鉄道の主要路線は
スペインを除けば3+1/2フィートゲージ(1435mm軌間)である。
それにしては、いつもより“タタタタッ”のテンポが早かった。
“これはひょっとして…?”
急ブレーキをかけて右側に寄ったボクは
即座にUターンして踏切のところに引き返した。
やはり! ナローゲージだった。
レールの表面は光っている。列車は走っているのだ!

踏切の脇にクルマを停め
手で2本のレールの間隔を測ってみると
どうやら2+1/2フィート(762mm)ゲージらしかった。
どこまでもまっすぐに延びる線路は
やがて草原の中に埋もれるようにして見えなくなっている。
反対側を見ると、踏切のすぐ横にポイントがあり
左右に分岐した線路は、道路に沿った家並みの裏側に消えていた。


Balatonfenyves駅の駅舎。
この左手のほうに
最初に横切った踏み切りがある。
ホームに人影はなく
駅舎内に貼られた時刻表を見るまで
安心できなかった。


ボクは、思わぬ発見に
どうしようもなく興奮している自分に気がついた。
家並みの切れ目を探し当て、裏側に入ると駅があった。
中央に運転台、両側にボンネットを持ったディーゼル機関車が
1両の客車を連れて停まっていた。
濃いブルーに塗装された客車のボディーには
等級を示す“1”と“2”の文字が鮮やかに入っている。
1・2等合造の、ボギー台車を履いた立派な剛製客車だった。

高さ30cmほどのホームに駆け上がり
駅舎の壁に貼ってある時刻表を確認すると
ここから15km先の駅まで、1日数往復の列車が走っているらしい。
ほっとしたボクは、カメラをかついで
駅からさらに先に延びている線路づたいに歩きだした。
長年の勘では
この先に本線からの乗り換えホームと貨物積み替えホーム
そして、ナローゲージならではの
ほのぼのとした鉄道情景あふれる機関庫があるはずだった。