作文は誌面に載ったときの見栄えを考えて

日本語を書くのは私の仕事の一部です。だからこれでも一応文筆家。英語でいうとジャーナリストです。実態は語感からほど遠いですがね。でもまあ、こういうことをいっぱい書くのをまったく苦にしないのは、職業柄だと思います。

仕事で書く文章について、とくに気をつけているのは、“どんな人が読むかわからないので、なるべく誤解されにくいこと”です。だから、仕事で書いた文章は、どれも堅苦しくなってしまいます。まあ、工具の話や機械の話など、硬いものに関する話が多いので、やむを得ない…なんてのは言い訳ですね。もっと勉強せねば。

仕事以外の作文では、口に出して読んだときの“リズム感”を重視しています。いや、正しくは“重視したいと思っています”というべきです。これは、気をつけてはいるけれど難しく、なかなか思うようにいきません。それとともに、表示あるいは印刷されたときの文字の並び具合にも気をつけたいと思っています。

バイカーズステーションの佐藤編集長と話が合うのも、バイクだけではなく、“文章が活字になって誌面に載ったときの見栄え”について、お互い非常に関心を持っているからです。バイク雑誌としては異例に文字の多い本ですが、フォントや文字部分のレイアウトにも(中身や写真に対するのと同じく)編集長のこだわりが現われています。

ちなみに、バイカーズステーションに限らず、原稿執筆はすべて先割り。つまり、だいたいの文字数と使う写真を決めて、デザイナーにレイアウトを頼み、できあがってきたレイアウト用紙のマス目を埋めていくのが私の仕事です。“○○について、2000文字で原稿をお願いします…”なんてのは苦手。というか、そういう仕事は受けたくありません。

○○について何文字…という作文をしたくないのは、印刷されたときの見栄えが予想できないから。もしそういう仕事をするのなら、最低2回は自分で校正しないと納得できません。でも、雑誌で、そんなに時間に余裕のある編集をしてるところって、なかなかありませんね。

段落最後の行は、最低でも1行の文字数の7割以上の文字が並んでいないと許せないとか、前後の行の同じ位置に句読点がくるのは嫌だとか、ぶら下がり(行末の文字の次に句読点がはみ出すこと)も見た目に美しく配置したいとか、片側揃えの場合の行末の散らし具合はカッコ良く…とか、自分なりのこだわりがありますから、見栄えを予想しながら原稿を書けないのは辛いことです。それに、先割りだと、パズルを解くような楽しさがあります。

“から”と“ほう”と“おあずかり”、そして過去疑問形

そんな私ですから、書き言葉ではなく話し言葉にも非常に関心があります。関心があるから敏感でもあります。言葉は時代とともに変わっていくものだと思っていますし、いわゆる流行語や俗語の類にも、決して批判的ではなく、むしろ微笑ましく思っていることが多いのですが、許しがたい変化というのもあります。

「せんえんからおあずかりします」、「ごちゅうもんのほうはいじょうでよろしかったですか?」、「ちょうどおあずかりします」…ええい、うるせえ。耳障りにもほどがある。どうして「せんえんおあずかりします」、「ごちゅうもんはいじょうでよろしいですか?」、「ちょうどいただきます」…と言わないんだ(言わせないんだ)…と、聞くたびにムッとします。

から」は、おそらく、ものごとの起点を表わす格助詞の「から」から来ているのでしょう。つり銭が要らないときは、「ちょうどおあずかりします」と言い、「ちょうどからおあずかりします」とは言いませんからね。つまり「千円から…」というのは、「千円から品物代金を差し引いた額をお釣りとしてお返しいたしますので、先にお預かりいたします」の省略形としか考えられません。

いや、もっと言うと、「千円おあずかりします」は良くても、「ちょうどおあずかりします」は変ですね。つり銭が返ってくる場合は、「預かる」と言われても納得できるのですが、ちょうどの場合は、本来なら「ちょうどいただきます」と言うべきでしょう。

コンビニで支払いのとき、レジを打って、「620円お預かりします」なんて言われたとき「いつ返してくれるの?」と突っ込みたくなります。なぜ、こんなに変な、耳障りな言い回しが広まったのか、私にはわかりません。

もう一つの「ほう」の歴史はけっこう古そうです。最初に耳障りだと思ったのは1980年。鈴鹿サーキットのパドック内のアナウンスでした。「らいだーすみーてぃんぐをおこないますので、かんけいしゃのかたはこんとろーるたわーのほうにおあつまりください」なんてのがそれです。ふーん、コントロールタワーに行かなくても、コントロールタワーの方に行けばいいのか…と、天の邪鬼な私は思ったことがあります。

そういえば、「消防署のほうから来た者」と名乗る詐欺師が、法外な値段で消火器を押売りするという事件が、ずいぶん前にありました。今ほどそこらじゅうに「ほう」がはびこっていない時代です。それでもコロッと騙される人がいたのですが、このテの詐欺、今ならもっと成功率が高いんじゃないかと思います。本物の警察官が「警察のほうから来ました」と言っても、今では誰も変だと思わないかもしれませんね。

過去疑問形は、ひょっとすると英語の影響ではないかと思います。英語では「Can you … ?」という現在形よりも「Could you … ?」という過去形のほうが、より丁寧なお伺いの気持ちを表わすそうです。でも、だからって、「ご注文のほうは以上でよろしかったですか?」は、「ご注文のほうは以上でよろしいですか?」よりも丁寧に聞こえるかというと、決してそんなことはないはずです。

ついでにいうと、私は、上のセリフのなかに出てくる「以上で」という言葉も非常に気になります。間違いではないのですが、同じセリフのなかの他の語と比べて、「以上」はいかにも固苦しく、唐突に感じるからです。

言葉はコミュニケーションの補助手段。主手段じゃないはず

口先だけですべて意思を伝えようとするから無理があるんじゃないでしょうか。客の目を見ず、ひどいときには客に顔を向けず、そして客のほうも話し手の顔を見ず、そこにいる相手と、まるで電話で話しているかのようなやりとりをするから、ああいう変な言い回しになるんでしょう。

そういえば、マクドナルドで「こちらでお召し上がりでございますか?」と言われたことがあります。“ございます”は“御座います”という謙譲語ですから、客に向かって言うべき言葉ではありません。マニュアルを外れ、ひとたび自分の言葉で話しだしたとたんにこれでは困ります。

普段はそうでもないけど、これ、電話のときに間違えている人は多いですね。「もしもし、○○さんでございますか」ってのがそれ。無理して丁寧にしゃべろうとしなくてもいいのにね。顔が見えない電話だからこそ、変にかしこまらず、普通に、親しみを込めて話してほしいものです。

何度聞いても居心地が悪いのは東海道新幹線の車内放送。いきなり「きょうも」で始めるな…と、乗るたびに思います。聞き手に対する呼びかけもなく唐突にそれを言い出す不自然さ。そして“きょう”の後に繰り返しを表わす“も”を使う傲慢さ。二つとも非常に不愉快です。どちらも失礼な(=礼を失した)ことだと思うのですが、一向に改まらないのは、ひょっとして私の勘違いなのでしょうか。

とはいえ、車内での携帯電話使用について、以前は「マナーボタンを使う」なんて意味不明のことを言ってたのが、最近は「マナーモードに切り換える」に改められましたから、まったく無思慮ではないみたいです。車両の進化に伴って、車内放送がどう変化していくのか、これからも楽しみです。

でもまあ、2時間少々という決して短くない時間を、日本語について考えることができるのは、あの車内放送のおかげです。もちろん、そうした良くない例よりも、後で紹介するBAのような良い例を示してくれたほうが、気分良く考えられます。

日本語のわからない外国人旅行客が新幹線に乗ってあのアナウンスを聞き、“なるほど「ladies and gentlemen」に相当する日本語は「kyoumo」なのね…”と思った。なあんてのは冗談ですが、JR東海さんには、“自分たちは日本を代表する企業の一つなんだ”という自覚を、そして、やがては自信を持ってほしいものです。

やはりあの場合は、「みなさま」とか何とか呼びかけの言葉があって、それに続いて「きょうは…」と言うべきでしょう。不自由だった国鉄時代とは違ったこと、新しいことをしたかった気持ちはわかります。でも、変奏曲を作り、それを衆人に聴いてもらうためには、最低でもオリジナルをちゃんと弾ける技量がないとダメ。

車内放送にも、もっともっと日本語を勉強するとともに、センスにも磨きをかけて取り組んでほしいと思います。ハードウェアは世界一のshinkansenだけど、運営してるのは田舎者の集まり…と言われないためにも、頑張ってくださいね。

さて、同じ乗り物内の放送でありながら、聞くたびに私が感心するのはBA=ブリティッシュ・エアウェイズ(エアラインとは言わないんですよね)の機内放送です。なかでもロンドンに着いたときの、日本語による最後の放送。いろいろしゃべった最後を、「それではみなさま、ごきげんよう、さようなら」で締めくくっています。いろんなシチュエーションで聞くいろんな日本語のアナウンスのなかで、最も印象に残っているフレーズです。

「それではみなさま、ごきげんよう、さようなら」を聞くと、ああ、日本語って美しい言葉だったんんだな…と思います。この美しい日本語が、コンビニよりもファミレスよりも新幹線よりも、私にとってはるかに非日常的な国際線の飛行機の中でしか聞けない。これではいけません。

ああ、やっぱり、良質なサービスを受けるためには金がかかる…。これを痛感するのはホテルですね。言葉づかいを含めた従業員の態度と客室料金は、かなり正確に比例するんじゃないかと思わざるをえません。残念なことです。 (2003年6月)




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