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■歯車計算に手間のかかった多段ミッションの設計
エンジン性能の高回転化・高出力化に伴い、パワーバンドは狭くなり、多段ミッションが必要となってくるのは言うまでもない。ここで、当時の変速機設計にまつわる苦労と、スズキのマシンの性能・変速段数の変遷を振り返ってみる。
多段ミッションの設計は、合計歯数の計算から始まる。エンジンのレイアウトから、変速機を構成する2本の “軸間距離” を決め、歯車の強度から “モジュール” を決めると、“軸間距離” と “モジュール” によって、選択できる歯数比の “合計歯数” が決まる。
そしてこの条件の中で、各ギアの変速比を選ぶことになる。もちろん、一次減速比(クラッチ容量やミッションの回転数を考慮して決定)および二次減速比(前後のスプロケットの大きさを考慮して決定)を考えてのことである。
すべての変速比が決まっても、歯車の大きさと軸径、変速の為のドックの設計の関係などから、最初からやり直しとなることもある。また、希望するような変速比が得られない場合には、局部的にモジュールを変更し、適当な変速比を探すことも必要となる。RT63、RT64の6速と7速がその例である。このように多段ミッションの変速比決定は、非常に厄介な仕事である。
加えて、さらに手間・暇がかかったのは、歯車そのものの計算だった。変速比が決まっても、歯車の計算をしなければ、当然のことながら、図面は書けないし、製作手配もできない。当時は、コンピューターはなく、計算尺や手回しの計算機(グルグル〜チーンというヤツ)の時代だった。
朝から晩まで “グルグル〜チーン” とやっても、2組の歯車計算は、できなかった記憶だ。やっと計算が終わって、検算をしてみると、どこかが違っている。また計算のやり直し…ということもたびたびだった。とにかく手間のかかる、根気のいる仕事だった。
1962年以来、スズキをおびやかし続けたアンシャイト(H. G. Anscheidt)の乗るクライドラー(Kreidler、ドイツ)の50ccレーシングマシンの変速機は、手動3段×足動4段の計12段だった。この変速機を自在に操れたライダーはアンシャイトだけだったと思う。
1964年には、名手タベリ(Luigi Taveri)が最終の日本GP以外の全レースにクライドラーで出場したが、好成績は残せなかった。このシーズンにはプロビーニ(Tarquinio Provini)も前半4レースにクライドラーで出場したが、タベリ同様好成績は残せなかった。1962、1963年とスズキに選手権を奪われたクライドラーの、選手権奪取の意気込みが感じられる年だったが…。
下に50cc、125ccの年式別各機種の出力性能と変速機段数を示す。
下に50cc、125cc各機種の変速比(ギア比)を示す。
スズキを退職してから “歯車計算プログラム” を、一週間ほどかけて作ってみた。“軸間距離、モジュール、歯数比、高歯か低歯か、工具圧力角は20度か14.5度か、バックラッシュはいくらにするのか、ねじれ角は何度か” これらを入力すれば、瞬時に計算完了である。
手回し計算機で何時間もかかっていたのが、1秒の何分の1かでできてしまう。おまけに計算ミスは絶対にない。当時コンピューターがあったら、随分ほかの仕事が出来たのに…。時代の進歩を痛感する。
余談になりますが、小生の作った “歯車計算プログラム” には、“DOS-BASIC” で作ったものと、“Excel” あるいは “Lotus123” で動くものの2種類があります。
“DOS-BASIC” のほうは、“フロッピー起動”にすれば、DOS-BASICそのもののインストールの必要はありません。
ただしNECのパソコンの古いタイプ “PC-9821” でなければ動きません。1997年からの新しいタイプ “PC98-NXシリーズ” では使用できなくなってしまいました。小生は “DOS-BASIC” で、ほかにもいろんなプログラムを作りましたのでガックリです。全く、NECさんも罪なことをします。おかげで新しいパソコンを買っても、古い “PC-9821” が捨てられず、2台持っている始末です。
“Excel・Lotus123” でのプログラムは、“DOS-BASIC” でのプログラムのように全自動では計算できず、1個所だけ、“Excel” の場合は“ゴールシーク”、“Lotus123” の場合は “バックソルバー” を使う必要があります。
もし、アマチュアの方で、マシンの改造のため、こんな “歯車計算プログラム” でも欲しいという方があれば、差し上げますよ。
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