ビークルIDプレート



高速のサービスエリアで売られていた
スロヴェニアのビークルIDプレート

1枚のステッカーに込められた民族意識

ビークルIDプレートは、正式には
『National Vehicle Identification Plate』という。
クルマの国籍、つまり、どこの国で『登録されたか』を示す標識のことだ。
多くの場合は白地に国の略号を表わす1〜3個の黒文字と
それを囲む楕円形の黒ワクを配したステッカーである。

このビークルIDプレート、ヨーロッパでは大部分のクルマが貼っていて
とくにアルプスから北の大陸諸国では
ほとんど全車に見られると言って過言ではない。
レンタカーでも、ドイツやオランダで借りた場合は
たいてい(D)とか(NL)というステッカーが貼られている。

本当はこんなものをわざわざ貼り付けなくても
ナンバープレートの書式が国によって違うわけだから
ちょっと注意して見ればどこの国で登録されたクルマなのかはわかるし
ビークルIDプレートの様式や貼り付け位置が
正確には統一されていないことから考えても
多分に儀礼的意味あいが強いように思える。

フランクフルトのHertzで借りたクルマには
ちゃんと(D)マークが貼ってあった。
スミマセン。横にいるのは私です。
だからといって貼らなくてもいいのかというと
確かに、貼らなくてもどこかで誰かに注意されることはないのだが
ミシュランのヨーロッパ道路地図帳
(英語版のタイトルは MOTORING ATLAS EUROPE)などを見ると
巻頭にあるヨーロッパ各国の交通規則などをまとめたページに
Documentation Requiredという項目があり
それに載っている全部の国でビークルIDプレートが必要とされている。

詳しく調べたわけではないので、これは私の憶測だが
ビークルIDプレートというのは、法律とか国家間の取り決めによるものではなく
FIA(国際自動車連盟)あたりが大ワクを示し
それに従ってFIAに所属する各国の団体(日本ならJAF)が
独自に様式などを定めているのではなかと思える。

一応、白地に黒文字・黒ワクの楕円形が原則でありながら
大きさはさまざまで、オランダでは黄色地のものが多かったり
フランスでは楕円形よりも国の形をしたものが流行しているなど
けっこうおおざっぱなものではある。
が、その名の通り、しっかりとアイデンティティーを示しているのは
さすがというほかない。

スミマセン。写真がなかったので
お絵描きソフトで遊んでみました。
また、古くから連合王国の一員でありながら
イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドのどこにも所属せず
世界で最初に開かれたといわれる議会や
今なお独自のポンド紙幣・貨幣を発行する銀行を持つマン島では
(GB)ではなく(GBM)という略号を使用して帰属意識を高めているし
スペインのカタルーニャ地方では
カタルーニャの旗と同じ赤と黄色の縦縞模様の上に
黒の『C』を配した独自のビークルIDプレートが目立ち
民族意識の高揚を感じさせてくれる。

自由化とともに、どっと国外を走りだした東独のクルマが
そのあまりの遅さと高速道路での不慣れな運転のために
とくに西ドイツあたりでは、一時問題になったが
最初は(DDR)のビークルIDプレートを付けていた彼らの多くが
正式な統一前に誇らし気に(D)に貼り替えていたのは印象的だった。

(DDR)や(PL)、(CS)、(H)といったクルマが増えたのと対照的に
91年頃から極端に数が減ったのは(YU)だ
ザルツブルクから南下するオーストリアのTauern Autobahn(A10/E55)や
トリエステからヴェネツィアを経てミラノに達するイタリアのA4を
元気に走りまわっていたユーゴスラビアのクルマたちは
みんな国外旅行どころではなくなってしまったのだ。

クロアチアのリエカ(Rijeka)のクルマ
HRは、国名を現地語表記したHrvatskaの頭文字。
たまに『LJ』ナンバー(スロヴェニアの首都・Ljubljana )を見かけても
その多くがビークルIDプレートを外していたのが
当時のこの国の複雑な情勢を表わしていたのだろう。
もちろん、今では、スロヴェニアのクルマは(SLO)
クロアチアのクルマは(HR)、ボスニア・ヘルツェゴビナのクルマは(BIH)を
それぞれ誇らしげに貼っているのはいうまでもない。

そしてドイツでは、ナンバープレートが新しくなったのを期に
白地のプレートの左端に、縦に細長く青地の部分を設け
そこに、例の『黄色い星が12個並んだEUのマーク』と
ビークルIDである(D)のマークを、最初から入れることになった。
フランスともに、ECのルーツである欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)を創始し
ヨーロッパ統合の牽引車となってきたドイツの面目躍如といったところだろうか

今のところドイツ以外にこれを制度化している国はないが
イタリアやカタルーニャでは、早くも従来の楕円形のステッカーと並んで
青い縦長の長方形に『黄色い星が12個並んだEUのマーク』と
(I)や(C)のIDを配したステッカーが
高速道路のサービスエリアの売店などにお目見えした。

さて、このように、クルマの国籍を識別するためという本来の目的よりは
一種のナショナリズムの権化みたいなビークルIDプレートだが
これを手に入れるのはいたって簡単。
アウトバーンのパーキングエリア、街中のガソリンスタンド、みやげもの屋などで
誰でも買うことができる。

イタリアの新しいナンバーと
ドイツを真似した市販のIDプレート
大陸諸国とは海峡で隔てられているイギリスでは、フェリー会社が
切符とともに自社のネーム入りのものをくれることも珍しくない。
大陸を走っているイギリス国籍のクルマに
『SEALINK CAR FERRIES』などのロゴ入りの
ビークルIDプレートを貼ったものが多いのは、このためだ。

『何だ、ただのステッカーじゃねぇか』と思われるかもしれないが
その『ただのステッカー』一枚にも
陸続きの隣国を持たない国で生まれ育った者にはわからない
民族のアイデンティティーというものに対する複雑な感情が
込められているような気がしてならない。


ヨーロッパ各国(地域)のビークルID略号
Aオーストリア ALアルバニア ANDアンドラ
Bベルギー BGブルガリア BIHボスニア・ヘルツェゴビナ
BYベラルーシ CHスイス CYキプロス
CZチェコ Dドイツ DKデンマーク
Eスペイン ESTエストニア Fフランス
FINフィンランド FLリヒテンシュタイン GBグレートブリテン
GBMマン島 GIBジブラルタル GRギリシャ
Hハンガリー HRクロアチア Iイタリア
IRLアイルランド ISアイスランド Lルクセンブルク
LTリトアニア LVラトビア Mマルタ
MCモナコ MKマケドニア MOLモルドバ
Nノルウェー NLオランダ Pポルトガル
PLポーランド Rルーマニア RBベラルーシ
ROルーマニア RSMサン・マリノ RUSロシア
Sスウェーデン SFフィンランド(旧) SKスロヴァキア
SLOスロヴェニア TRトルコ UAウクライナ
Vバチカン YUユーゴスラヴィア
余談:スイスがなぜ(CH)なのかというと、スイスの正式国名は
Suisse(仏)でもSwitzerland(英)でもSchweiz(独)でもSvizzera(伊)でもなく
Confederatia Helbeticaだからである。
ちなみにUSAは(USA)、韓国は(ROK)、日本は(J)。
日本で『国外ナンバー』を申請すると[KTK 53 SU 45-04]なんて感じの
数字とアルファベットだけのナンバープレート
(但し、大きさも形も色も書体も、残念ながら国内のと同じ)といっしょに
(J)のビークルIDステッカーをくれる。
最近減ったが、BMWに(D)、ボルボに(S)、アルファ・ロメオに(I)を貼っている
オチャメな人がいるってのは、やっぱり、平和な証拠なのでしょうかねえ。(^_^;
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