35 草原の中のドライブ


国境を越えたからといって、景色は急に変わったりしない。
急に変わるのは国の名前と通貨くらいのもので
人の顔や言葉と同じく、自然景観も人文景観も
南から北に、西から東に、ゆるやかに変化する。
100kmじゃほとんどわからないが
500km走れば確実に違いがわかるのがヨーロッパなのだ。

クロアチアからハンガリーへの道もそうだった。
ハンガリーに入ってしばらくは
街の表情も道の両側の畑の作物も
クロアチアのそれと何ら変わりはない。
しかし、バラトン湖に向かって走るにつれて
まわりの景色は徐々に、そして確実に変化していく。
近くに見えていた緑の丘陵は
いつしか、うねうねと続く草原に変わり
草原と道との間には
広いところでは幅100メートルにも達しようかという
雑木林が現われる。

5kmほどの間隔で通過する小さな街の家々は
平屋建てが増えてくる。
色とりどりの花で飾られた窓は大きく
凹凸の少ない壁はパステルカラーに塗られている。
道路から玄関までのスロープや階段は姿を消し
道端に迫った家は、道路と同一平面上に建てられている。
どれもこれも、ハンガリー的というよりは
かつてこの地を支配したオーストリアの
影響を感じさせる景観である。

道は、ときどき曲がったり
草原の中から現われる別の道と交差したりするものの
大部分は、2~3kmごとに
ゆるやかなアップダウンを繰り返す直線だ。
対向車が見えてからすれ違うまでの
時間の長さに“草原の国”を感じる。
その対向車も、4~5台続いたかと思うと
5分くらい出会わなかったりする。
自分と同じ方向に走るクルマは、前にも後ろにも見当たらない。

草原を覆う冷たい朝の空気とたわむれながらドライブしていて
このあたりの土地利用の特徴に気がついた。
道路と林、林と草原、草原と畑…
これらすべての境界があいまいなのである。
道端の空き地は自然に林につながり
林は徐々に草原に姿を変え
草原はいつの間にか畑になって
すでに褐色に変わった小麦や
これから花をつけようというトウモロコシが風になびいている。

ハンガリーに入ってからは
[7-E71]という道路(国道?)を走った。
国境から約26kmで
Magykanizsaという
やや大きな街を通過し
さらに約40km進むと
バラトン湖南西端に達する。


“変だぞ!”と思ったのはそのときだ。
北に向かって走っているはずなのに
朝日が進行方向よりも左手に見えるのである。
“道を間違ったんじゃないか?”と不安になって地図を見たら
バラトン湖に近いところを北東に走っていることがわかった。
しかし…、北東よりも北寄りから太陽が昇るというのも
夏至に近い時期で、緯度の高い場所だから
理屈ではわかっても、何だか妙な気分である。