駅周辺の線路は、デルタ形に配置されていた。 
駅舎から右手に歩いていくと 
本線の“Balatonfenyves”駅のホームと平行に 
ナローゲージのホームがあり 
客車が数両、編成を終えて停まっていた。 
まったく人影はない。 
ひっそりしたホームの端に立ち 
本線と平行に延びる線路の先を目でたどっていって 
危うく声を出しそうになった。 
 
フリーハンドで描いた線のように延びる二条のレールの先に 
蒸気機関車と思しき物体が見えたのである。 
その物体は、ゆらゆらと薄い煙を立ち昇らせている。 
走りだしたい衝動をこらえ、望遠レンズで覗いてみた。 
生きた蒸気機関車だっ!! 
 
  
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駅舎の横手を通る線路の先に 
小さく、黒い物体が見えた。 
右側のフェンスの向こうは 
標準軌の本線の駅。 
ここの線路配置を眺めて 
沼尻を思い出したボクって 
やっぱり鉄ちゃん? 
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何度かシャッターを押して、やっと走りだすことができた。 
近くまで行ったら全然別の物体だったとしても 
今ここでファインダーに映っているのは蒸気機関車だから 
それを撮っておかないと安心できない。そんな気持ちだった。 
 
線路脇の草に足をとられながら 
200メートルばかり走って近寄っても 
やはりそいつは蒸気機関車だった。 
アウトサイドフレームのC型タンク機だ。 
ひととおり観察を終えたボクは 
それ以上シャッターを押すのを断念した。 
曇天の朝6時に、真っ黒な蒸気機関車の写真など 
うまく撮れるわけがない。 
背後には機関庫があり 
ディーゼル機関車や車両の部品などが転がっている。 
 
それらを眺めていると 
どこからともなく、ひとりの男が近づいてきた。 
ボクには、それが機関士であることがわかった。 
軽く会釈すると 
彼は、たぶんハンガリー語だと思う言葉で話しかけてきた。 
残念ながら、まったく意志は通じなかった。 
でも「ノスタルジなんとか…」と言ってたので 
おそらく保存機関車だったのだろう。 
彼は釜に石炭を放り込むと、どこかに帰っていった。 
 
  
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遠くから見えた黒い物体は 
珍しいアウトサイドフレームの 
C形タンク機だった。 
ピカピカに磨かれていて 
火も入っており 
すぐにでも自力で 
走行できる状態だ。 
  
  
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火を落とさないということは 
たぶん、日に1回は動かしているのだろう。 
何時に動くのか、どこまで走るのか 
何を牽くのかなど、まったくわからない。 
でも、わからないほうが良かったかもしれない。 
ここでこれ以上足留めを食らっては 
いったん帰国したWさんを 
約束の時間にフランクフルトで 
ピックアップできなくなってしまう。 
 
“機会があれば、今度は数日かけて撮影と調査をし 
写真と原稿を鉄道雑誌に売り込もう” 
そう考えたボクは、駅舎に引き返して時刻表の写真を撮り 
近いうちに再訪することを誓って 
バラトンフェニヴェスを後にした。 
 
 
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バラトンフェニヴェスから先も 
湖の南岸に沿って[7-E71]を行く。 
15kmほどでやや大きな街 
Boglarlelleを通過し 
そこから25kmほど走ると 
湖畔最大の街・Siofokに出る。 
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ブダペストへの道は、なおもバラトン湖に沿って進む。 
ときおり、リスやテンが道路を横断する街道を50kmほど走って 
やっと湖畔最大の町・シオフォク(Siofok)に着いた。 
周辺部には、比較的新しい時代にできたホテルや商店が多いが 
ここでもやはり、葱坊主みたいな屋根の教会に面した広場を中心に 
古い街並みが残っている。 
建物の外観は、もう、ほとんどウィーンと変わらない。 
 
噴水を配したシンメトリックな広場に 
マリア・テレジアの像があって、何ら不思議ではない。 
オーストリアとの眺めの違いは 
建物の窓辺に飾られた花の数と種類が少ないことくらいだ。 
ここではほとんど 
濃いオレンジ色のゼラニウムしか見かけない。 
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