『吉村誠也のTOOL BOX』 オートメカニック・95年1月号

 今回からちょっと趣向を変えて、
工具そのものの紹介や使いかたとい
った固い話ではなく、もっと柔らか
く身近な、工具にまつわる思い出を
書き綴ってみたい。       
 初回はドライバーの話である。な
ぜドライバーを選んだかというと、
私が最も最近に買った工具がドライ
バーだからだ。現役のレーシングメ
カニックを退いてからというもの、
工具屋さんには顔を出せど、なかな
か買うことはなかった。     
 普段のクルマやオートバイいじり
に必要な工具はほとんど揃っている
し、製造中止や設計変更のために手
に入らなくなりそうな古い工具集め
も一段落していたので、もっぱら新
製品や新しく輸入されるようになっ
たメーカーの製品に注目していた。
 そんな私が、ふと覗いた工具店で
勧められるままに買ったのがヴィッ
テのスクリュードライバーだった。
サイズは、最もよく使う+の2番で
ある。+の2番というのは、オート
バイいじりや日曜大工になくてはな
らないドライバーで、自分の工具箱
には、ベルツァーをメインに、PB
の通常のグリップのものが入ってい
るほか、PBのマルチクラフトグリ
ップが大工道具に混じっている。 
 個人的に、スクリュードライバー
は、+は先端の加工精度の高さと硬

さ、−は面取りがしてあることと軸
より太い部分がないことを基準に選
んでおり、グリップ形状は二の次だ
と考えていた。         
 ベルツァーや古いスナップ・オン
のは角張って手が痛くなることがあ
るし、PBの通常のグリップは早回
しには便利だが、オイルが付着した
手では滑りやすいし、放置している
と臭い匂いを放つのが欠点である。
カタログによると人間工学に基づい
て作られたらしいハゼットのグリッ
プは、形状はともかく、細すぎて力
を加えにくいし、これはいいと思っ
たPBのマルチクラフトグリップは
いつまでたってもバリエーションが
増えない…、などなど、満足できる
製品はなかった。        
 ところが、ヴィッテのグリップは
太さ、形状、材質ともに、今まで私
が使ったことのあるどのドライバー
よりも満足できるものだった。先端
部分の形状はPBとそっくり。表面
処理はハゼットと同じような、ピカ
ピカのメッキではなく梨地仕上げに
近いもので、グリップ表面の凹凸も
ハゼットに近い。そして全体の太さ
はPBのマルチクラフト並み。  
 買って帰って、さっそくテストを
した。タッピングビスを数本、アル
ミ板に開けた穴にねじ込んでみたと
ころ、それまでのどのドライバーよ

りも楽に作業ができた。この楽さを
知ってしまうと、もう、他のドライ
バーでは力仕事をしたくないといっ
た感じである。         
 コンビネーションレンチやソケッ
トレンチのハンドルなどの場合、必
要以上に長いものを使うと予想外に
大きな力を加えてしまい、ボルトを
折ったりネジをなめたりする危険性
があるが、スクリュードライバー、
とくに+ドライバーのグリップに関
しては、ひょっとすると太ければ太
いほどいいのではないか…、と、ヴ
ィッテの製品を知った私は考えるよ
うになった。          
 細いグリップを思い切り握り、痛
い思いをしながらネジを回すのと、
太いグリップで楽に回すのと、どち
らが危険かというと、どうやら前者
のようである。うまく伝わらない力
を何とかしようともがくより、楽に
伝わる力を、必要に応じてセーブす
るほうが安全なはずだ。     
 これから次々と、ただ目的に合っ
た機能を満たすだけではなく、使い
手に優しい工具が登場するのではな
いか…。そんなことを考えさせられ
たヴィッテのスクリュードライバー
との出会いだった。       
 問題は、国内でどこまでバリエー
ションを揃えることができるかと、
供給の継続性だろう。      


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