『吉村誠也のTOOL BOX』 オートメカニック・95年2月号

 スキーのシーズンですね。何事に
も『モノ』から入るほうの私にとっ
て、道具に凝れるスキーというのは
なかなか楽しいスポーツである。さ
らにメカ好きにとっては、リフト、
雪上車、スノーモビルなど、普段は
お目にかかれないマシンを観察でき
るという楽しみもある。     
 スキーに行ってリフトに乗ったり
順番を待ったりしている間、私は、
リフトのメカニズムを観察している
ことが多い。ケーブルの太さは? 
ケーブルに継ぎ目はあるのか? 左
右に重量のアンバランスがあるのに
支柱は左右対象でいいのか? ケー
ブルの張り具合はどうやって調整す
るのか? どのようにしてケーブル
に搬器を取り付けているのか? な
ど、考えながら観察していると、待
ち時間に飽きることはない。   
 リフトに乗っていて、ちょっと恐
いなと思うのは、搬器の取り付け方
法だ。左右への揺れはケーブルのね
じれで対応できるが、前後への揺れ
を逃がすため、搬器のステーの上に
ピボットがある。この部分をよく観
察すると、ピボットを構成している
のは直径十数mmのボルト1本だけだ
ということがわかる。      
 直径十数mmのボルトを軸にし、そ
のボルトに、せん断方向に、乗って
いる人間の体重と搬器の重量がかか
っている。そして、支柱のところで

は、カタッカタッと搬器が揺られ、
かなりの衝撃荷重がかかっていると
想像できる。しかも、氷点下何度に
もなる寒さ…。         
 リフトの搬器取り付けボルトほど
恐くないが、よく観察すると、電車
の連結器にも驚かされる。連結や切
り離しを行わない連結部分には、先
頭車両などに見られる連結器ではな
くボルトで結合されているからだ。
両側の車両から伸びたアームの先に
ある20cm四方程度のプレートを突き
合わせ、その四隅を直径20数mmのボ
ルトで留めているものが多い。加速
時や減速時には、何百トンから何千
トンの荷重が、これらのボルトの引
っ張り方向にかかっている。   
 このように、同じボルトでも、せ
ん断方向と引っ張り方向では、耐え
られる荷重の大きさが全然違う。ト
ラックなどの牽引用フックには『引
っ張り方向には何トンまで、横方向
には何トンまで…』と注意書きが貼
ってあったりするのと同じだ。一概
には言えないが、引っ張りとせん断
では、耐えられる荷重の大きさは、
2桁程度は違うと考えて良い。  
 せん断には弱いが引っ張りには強
い…、このボルトの性質をうまく利
用したのが『摩擦接合』だ。最も身
近な例はクルマのホイール取り付け
部分。直径10mmちょっとのスタッド
ボルトが4〜6本あって、それをホ

イールナットでしっかり締め付ける
ことによって、ホイールとハブそれ
ぞれに機械加工された面と面を密着
させている。          
 駆動力や制動力やコーナリングフ
ォースを受けてもホイールが外れな
いのは、ボルトがちぎれないからで
はなく、それらの力にホイールとハ
ブの間に生じる摩擦力がうち勝って
いるからなのである。接触面の状態
が良好で、正しいトルクで締め付け
られていれば、ボルトにはせん断方
向の力はかからない。      
 ところが、汚い環境で整備したり
締め忘れなどの整備ミスがあると、
必要な摩擦力が得られず、本来摩擦
接合であるべき個所がせん断接合に
なってしまうことがある。電車の連
結器ではなく、リフトの搬器のピボ
ットになってしまうわけだ。当然、
耐荷重は2桁近く小さくなる。1ト
ンの力に耐えられるはずのところが
10kgの力にしか耐えられなくなる。
 脅かすわけではないが、たかがボ
ルト1本といえども、せん断接合な
のか摩擦接合なのか、そのあたりを
よく考えないと、とんでもないトラ
ブルを引き起こすことがある。外し
たホイールの裏側を観察して、ハブ
と密着していないような兆候があっ
たら、すぐに当り面の修正をしたほ
うがいい。           
                


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