『吉村誠也のTOOL BOX』 オートメカニック・95年10月号

 5月号に書いたように、1978年か
ら87年までの10年間、私はオートバ
イのロードレースのメカニックをし
ていた。その中で、84年の世界GP
転戦は、整備や工具についてはもち
ろん、生活そのものについて、以後
の自分の考えかたの転機となった。
 ヨーロッパに渡って『すごい』と
か『なるほど』と、感心したり納得
したりしたことは数知れないが『片
付け』に対する考えかたもその一つ
だ。転戦のベースとなるワークショ
ップはオランダの田舎町にあった。
日本へ手紙や小包を送るために、町
の小さな郵便局を利用するのだが、
片付けに関する最初の驚きは、その
郵便局にあった。        
 窓口の開いている時間が日本より
短いこともあって、小さな町の郵便
局といえども営業時間中はかなり混
雑する。が、いくら客が列を作ろう
と、応対の職員は、自分のペースを
崩さないのである。       
 先の客の郵便物を受け取り、秤に
かけて重量を読み取り、棚からバイ
ンダーを取り出して料金を調べ、客
から料金を徴収し、引き出しから切
手の入ったクリアファイルを引っ張
り出して必要な切手を取り出し、郵
便物に貼り、別の引き出しから消印
とスタンプ台を取り出して消印し、
背後にある箱に郵便物を放り込む。
 この一連の作業が終わると、次の
客の要件を聞く前に、徴収した料金
を金種別に仕分けして手提げ金庫に

しまい、郵便料金リストのバインダ
ーを棚にしまい、クリアファイルの
中の切手の乱れを正してから引き出
しにしまい、消印とスタンプ台を引
き出しにしまうのである。その間、
次の客はじっと待っている。   
 同じような光景には、オーストリ
アの銀行や一般の商店、ドイツの税
関などでもお目にかかった。常にき
ちっと片付いてないと気が済まない
性格というか、きれい好きの国民性
というか、杓子定規の片付け魔とい
うか…。これらはどうやらゲルマン
系の特質のようだ。       
 同じことを、サーキットのパドッ
クでレーシングマシンの整備をして
いるのを見ても感じた。ドイツ人ラ
イダーについたメカニックは、走り
終わるごとに、ただフレームを掃除
するためだけにエンジンを降ろすの
だ。だから、彼らのマシンは常に、
カウリングの中身に至るまで、新車
のときよりも美しい。      
 もちろん、そういった作業をする
ための工具類も、一つ使い終わって
次のを取り出す前に、元どおりに工
具箱にしまわれるから、彼らの工具
箱の中には、作業中であろうと休憩
中であろうと、常に、あるべきもの
があるべき場所に並んでいる。  
 ところが、これがイギリス系チー
ムとなると状況が一変する。だいた
い、イギリス系チームのマシンは外
観からしてうす汚れたのが多い。汚
くても速ければ良い、といったノリ

なのだ。だが、彼らの整備を観察す
ると、必要のないところはなるべく
触らず、壊れたらそのときに直せば
良いといった雰囲気も感じる。  
 では、フランス系やイタリア系は
どうかというと、さすがは伊達男の
国。外観はピカピカなのに、整備の
レベルはイマイチなのが多い。ドイ
ツ人が一生懸命整備して、それでも
トラブったら深刻に悩むのに対し、
フランス人やイタリア人は、例えト
ラブってもセ・ラ・ヴィー(直訳す
ると、それが人生さ、という意味)
と、笑って次の機会に賭ける。  
 こういった、パドックでの整備に
まつわるお国柄も、最近ではずいぶ
ん薄れてきているが、やはり、どこ
かにその傾向はある。      
 で、ここのところ進境著しい日本
勢はどうかというと、ドイツ的なマ
メさを見せながら、汚くても速けれ
ばいいという点ではイギリス的とい
える。これまた他にはない特色だ。
 ま、これらは、主にサーキットの
パドックでレーシングマシンを整備
するプライベートチームに限った話
だから、家のガレージで愛車を整備
する場合とはちょっと違うかもしれ
ないが、当たらずとも遠からずのよ
うな気がする。         
 さて、あなたの整備は? ゲルマ
ン流かラテン流か、それとも典型的
な日本流なのか? こんなことを考
えながら自分のやりかたを見直して
みるのも楽しいものだ。     


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