05 パリから南に向かって


6月15日・火曜日。
一仕事終え、心地よく目覚めたボクは
今日から気ままなひとり旅に出る。
パリは嫌いじゃない。
いや、大都会としては、けっこう好きな部類に入るのだが
この天気じゃ、うろうろしようという気になれない。
雨に煙るシテ島なんてのは
なかなか旅情をそそるような気がするが
このクソホテルにもう1泊する気はないし
かといって、朝っぱらから他を探す気にもなれない。

というわけで、荷物をまとめてクルマをスタートさせた。
走りだしたら、針路は自然と南を向いていた。
ペリフェリックに入る方向を間違って、途中で降りてUターンし
あわてて逆方向に乗り換えたりしながらも
何とかボルドーに向かうオートルート[A10]に入ることができた。
[A10]をちょっと走ったところでサービスエリアに入った。
クルマを停めて地図を見たかっただけなのに
感じのいいカフェテリアの誘惑には勝てず
コーヒーでも飲むことにした。

カフェテリアに入ると、美味しそうなケーキが並んでいた。
たっぷりのカスタードクリームの上にイチゴが乗ったタルトと
ついでにほうれん草のキッシュを頼んだ。
コーヒーは、ここでもやっぱりカフェ・ノワ・グランデにした。
レジで金を払ってテーブルを探すと
禁煙席と喫煙席に別れていた。
去年までのフランスでは考えられないことだ。
禁煙法のおかげなのだろうか?
そういえば、街角からタバコの広告が一切なくなっている。
でも、路上に散乱する吸い殻は減っていない。
ま、ラテンの国では道はゴミ箱といっしょだから、仕方ないか…。


パリから南に向かって走りはじめて
[A10]から[A71]に入り
オルレアンあたりをドライブしながら
“バルセロナに行ってみようかな”
…と、考えはじめた。
“南に向かう”という行為は
人の気持ちを昂ぶらせるものらしい。


パーキングエリアを出てしばらく走ると
分岐にさしかかった。
ボルドーへ行く[A10]と
ナントへ行く[A11]の分かれ道である。
ナントなんかに行ったら、また雨が降りそうなので
ボルドー方面にした。

“オルレアンまで50km”の標識のところで
それまでどんより曇っていた空が、急に明るくなった。
路面に、前を走る車の影ができている。
OrleansはUSAのNew Orleansと同じ綴りだけど
このあたりの食いはぐれ者が新大陸に渡って
故郷の名前をつけたのだろうか?
あたりは、どこまでもなだらかな起伏となって続く麦畑。


なだらかな土地の起伏。
延々と続く並木道。
麦畑のグラデーション。
青い空に浮かぶ積雲。
どれもこれも
初夏のフランスになくてはならない
大切な“けしき”の構成要素。


少し走ると、今度は
[A10]と[A71]の分岐があった。
[A10]は南西に伸び、ボルドーを経て大西洋岸に出
スペインに達している。
[A71]はほぼ真南に伸び
クレルモンフェランで終わっている。

“Clermont-Ferrand”
この地名のひびきが好きだった。
何てフランス的なんだろう…。
(オートバイのロードレースではフランス人最後の
世界チャンピオンであるクリスチャン・サロンの生地。
また、かつてこの町でもグランプリが開催されていた)
せっかくここまで来たんだから
どんなところか見に行くのが健康的だ。
ボクは[A11]と別れ、[A71]を南下した。

中央分離帯には
ハマナスに似た白とピンクの花が咲いている。
南に向かってきたのは正解だ。
パリジャンが南仏を愛し、南仏にあこがれるわけが
おぼろげながら、わかったような気がした。