06 忽然と姿を現わした瀟洒なホテル


ブールジュをすぎた頃
雲の切れ目に、ぽっかりと青い窓が開いた。
ブールジュから先、ボクの古いミシュランのアトラスには
オートルートが描かれていない。
標識の[Clermont-Ferrand]の文字だけが頼りだ。

どうやら、ボクが地図を買った後
ブールジュからクレルモンフェランを経て
モンペリエに達するオートルートが完成したようだ。
走りながら、Wさんにもらった稲荷寿司を食べる。
フランスの田舎の風景と稲荷寿司のミスマッチは笑える。
日本の標準サイズより大きな稲荷寿司を4個も食べると
もう、お腹がいっぱいになった。

クレルモンフェランは小さな都会だった。
乾燥した気候なのか、大きな木が少なく
家々の壁の色はかなり濃い。
庭に物干しを立てて、洗濯ものを干している家も目立つ。
こういった特徴は、南ヨーロッパ特有のものだ。
パリから南に400km
そろそろ景観に南欧らしさが混ざってきて不思議ではない。
ここに来る前は、もっと山あいの
グルノーブルみたいな緑濃き町を想像していただけに
ちょっと肩すかしを食ったような気分だった。

クレルモンフェランの先でオートルートを下りた。
どこかに行くアテはまったくない。
今日、明日の2日間で、パリからバルセロナまでの
まっすぐ行ったとすると1000kmちょっとの区間を移動すればいいから
時間にはずいぶん余裕がある。
新しく完成したオートルートに車の流れを奪われたのか
並行して走る一般道[N9]を取り巻く景色は
午後の光の中に惰眠をむさぼっているように見えた。


クレルモン・フェランから先は
オートルートを下り、一般道を走った。
新しく開通したオートルート[A75]と
並行する一般道[N9]だ。
このあたりの山地は
ロワール川とガロンヌ川の分水嶺で
St.Flour手前にある
標高1114mの峠を越えると
道は下りに変わる。


イゾワール(Issoire)や
サン・フルール(St. Flour)といった
フランスらしい名前の小さな街を通過すると
道は徐々に曲がりくねり
標高は低いが、ふところの厚い高原に登りはじめた。

初夏のヨーロッパを走るなら
クルマは断然サンルーフ付きに限る。
今日はもちろん全開だ。
ついでに運転席側の窓も全開にし
ドアに肘をかけてフレンチ気取り。
ときおり、うぐいすの鳴き声が聞こえてくる。

どれほど登っただろうか…
急に道が下りだし、視界が開けた。
緩い右カーブを曲がった途端
短い直線の前方に瀟洒なホテルが現われた。


とあるカーブを曲がった途端
急に視界が開け
坂の下に建物が見えた。
入口の白いテントには
濃紺で“HOTEL”の文字。
また一つ、好みのプチホテルを
発見した瞬間だった。


ホテルの向こうには、湖らしき水面が見える。
ボクは思わずブレーキを踏んでいた。
速度を落とし、観察しながらホテルの前を通過した。

まだ午後5時だったから、泊まるわけにはいかない。
それに、ホリデー中の宿としては値が高そうだ。
レストランの雰囲気も、ボクにはちょっとハイソすぎる。
だが、このロケーションに、あの外観!
路肩にクルマを停めたボクは
地図に印を付け、ホテルの名前をメモした。
ついでに写真を撮った。

“ちょっと待てよ…、泊まらなくても
お茶くらい飲んでいけばいいんじゃないか?”
これは名案だった。お茶を飲みに入れば
中の様子がわかるし、宿代だって聞ける。
ボクはクルマをバックさせ、正面に乗り付けた。