67 AUBERGE D'EUS での夕食

1メートルくらいの高さの生け垣の切れ目から中に入ると
薄紫色の塊が目に飛び込んできた。
人の背丈ほどに繁った、満開の紫陽花の木だった。
紫陽花の木を眺めつつ先に進むとアーチ形の玄関がある。

玄関の左側の柱には
唐草様の飾りをつけた鉄の箱が取り付けられ
中にはA3版くらいの紙に書かれたメニューが
豆電球の照明に照らし出されている。
右側の柱には、フランスのどこにも共通の
宿泊施設を表わす八角形の紺色の看板が架かっている。
紺色の看板の中には、白い帯の上に赤い☆が1個だけ入っていた。

重たい木のドアを開けて中に入る。
入ってすぐ、階上のペンションのレセプションを兼ねたレジがあり
奥の壁には、大きな真鍮製のボディーにゴムの輪っかがはまった
客室のキーを留めたキーホルダーがぶら下がっている。
予想どおりのディテールだ。(^_^)


日が暮れかける頃まで走って
ようやく発見した
『美味しいところ』は
我々の期待をはるかに上回る
野趣あふれるオーベルジュだった。
店の内外装のディテイルも
雰囲気も味も
何もかもが心地良かった。
こういう偶然の発見があるから
いつまでたっても
『激走』はやめられない。


やや間をおいて
白いエプロンをした小太りのおばちゃんが出てきた。
「ボンソワ〜 ムッシュ〜」
「ぼんそわ… まだーむ…」
会話になったのはここまでだった。(^_^;
英語で話しかけてみたが、まったく通じない。
でも、おばちゃんもわれわれも、そんなことは全然意に介さず
おばちゃんの手招きで空いている席に着く。

店内には6人がけのテーブルが10卓ほどあり
3組ほどの先客がいる。
どのテーブルにも燭台があり
お客のいるところはローソクに火がともっている。
淡いピンクに白と濃紺の幾何学模様の刺繍が入ったテーブルクロスと
テーブルとテーブルの間に置かれたゴムの木やアイビーは
きっと、あのおばちゃんの趣味なのだろう。

しばらくして、おばちゃんが飲み物と食べ物の注文を聞きにきた。
「ヴァイン アウス…」と言いかけて
「ヴァン…、えーっと、えーっと…」困ったなぁ…。
手をぐるぐる回して「リジョン」と言うと、どうやら通じたようだ。
「それとカルテもねっ、おばちゃん!」
…と、Wさんもびっくりのハチャメチャな会話だったが
おばちゃんは満面に笑みを浮かべて「ウィ ムッシュー」と言うと
“1990 Dom Brial Cotes du Roussillon”
というボトル入りの赤ワインと
皮表紙のメニューを持ってきてくれた。
樽から汲んだワインを期待していたのだが
ここはラングドック=ルション地方だから
リージョナルなワインには違いない。

メニューに目を移すと、何が何だかさっぱりわからない。
しばらく悩んでいると、他の席から
どこにでも一人はいる
“ワタシエイゴワカリマス”おじさんがやってきた。
が、コイツの英語はボクのフランス語よりちょっとマシ程度。
つまり…、ほとんどわからないのである。
メニューを見ながら
ひとつひとつの料理を説明するなどとんでもない難題で
「オマエハナニヲクイタイノダ?」と聞いているのが
やっとわかるというありさま。
仕方がないのでボクが「フィッシュ」と言うと
“それはこのあたりだ”と、メニューの一部分を指でなぞってくれた。

“なるほど…、魚料理には3種類あるのか…”
それしかわからなかったので、一番長い名前のを頼んだ。
ま、フランス語がちょっとぐらい読めたところで
“ガスコーニュ湾で獲れた魚のルション風ソースがけ”ってな具合では
どんな料理かわからないから
出てきた料理が美味けりゃそれで良いのだ。(^_^;
ワインを飲んでいい気分になりかけたところへ出てきたのは
期待を完全に上まわる大きさ、派手さ、美味しさ! の料理だった。
体長30cm程度のヒラメみたいな魚を揚げた上に
野菜たっぷりの“アン”がかかっている。

Wさんが「ちょっと体調が悪いので」なんて言うものだから
0.7リットル(だったと思う)のワインのほとんどを
元々下戸で、しかもWさん以上に疲れているかもしれないボクが飲んだ。
通りすがりに良さそうな店を発見して
入ってみると、本当にいい感じのおっちゃんおばちゃんがやってて
おまけに美味しい料理に巡り合えたりすると
ついつい調子に乗って飲みすぎてしまう。
う〜ん、ここの2Fに泊まりたいなぁ!