76 住みたい土地に別れを告げて

コモ湖が最高に気に入ってしまったボクは
ミネラルウォーターをおかわりしたり
デザートとコーヒーを頼んだりして
少しでも長く、湖水を見渡すチェアに座っていようとした。
Wさんもここがお気に入りのようすで
夕食以上に時間をかけて昼食を楽しんだわれわれは
午後5時になってようやく席を立った。

コモ湖からフランクフルトへは
昨夜決めたとおりのルートをたどった。
このあたりはスイス国境が大きく南に張り出していて
コモの街外れは、もうスイス領だ。
イタリア語が通用するティッチーノ県と呼ばれる地域で
入国スタンプにも“Suisse”や“Schweiz”ではなく
“Svizzera”と、イタリア語で国名が入っている。


ドイツ語圏の入国スタンプ。
ライン川に沿って[A5]を南下した突き当たりにある
ドイツとの国境・バーゼルのアウトバーン上のイミグレのもの。


フランス語圏の出国スタンプ。
イタリアとの国境・グラン・サンベルナール峠のもの。
国境を越えたアオスタ谷は、イタリアでありながらフランス語圏に属する地域。


イタリア語圏の入国スタンプ。
コモの隣町にあるイタリアとの国境・キアッソのもの。
スイス最南端の町は、ミラノからわずか40kmのところにある。


スイスに入ってすぐ
ルツェルンへ向かうアウトストラーダ[N2]に乗る。
少し走ってベリンゾーナで[N13]に乗り換えれば
“Passo del Saint Bernardino”(ベルナルディーノ峠)は近い。
“Rheinwaldhorn(ラインの森の鋭鋒)”と呼ばれる山の真横にある
ライン川の源流に位置する、2,000メートルを超す峠だ。

ベルナルディーノを越えれば
道はアルムの樅の林の中を下りはじめる。
山羊のアトリ(だったかな?)が遊んでいるまきばが見え
少し行くとオンジの夏の家やペーターの家が見えてくる。
ハイジが帰ってきたときと逆のコースを行くわけだ。
ハイジの泉で有名なマイエンフェルトをすぎれば間もなく
ライン川の対岸にリヒテンシュタインが見える。
このあたりは、大好きなヨーロッパの中でも
ボクが最も好きな地域だ。


コモからは、すぐにスイスに入り
ルガノ、ベリンゾーナを経て
ベルナルディーノ峠をトンネルで抜け
ライン川に沿ってクーアへ。
そこからアウトバーンで
ブレーゲンツを目指し
いったんオーストリアに入国の後
すぐにドイツに入る。
ボーデン湖北岸の一般道を走った後
アウトバーン[A81]、[A8]、[A5]を
乗り継ぎ、コモから7時間ほどで
フランクフルトに着いた。


なおも北上を続けると、[N13]はボーデン湖に突き当たる。
われわれは、ここを右に曲がり
ライン川を渡ってブレーゲンツに入った。
フォアアールベルク州の州都・ブレーゲンツは
ボーデン湖に臨む小さな町。
ウィーンやザルツブルクの町並みや歴史。
ケルンテンやシュタイアーマルクの山村風景と
悠々としたフレンドリーな人々。
そして、チロルやタウエルンの雄大で美しい自然景観。
どれもこれも、大好きな国・オーストリアの
大切な一要素ではあるが
住みたい国・オーストリアの中で
一番住みたい町はブレーゲンツなのだ。


ブレーゲンツから見たライン川と
ライン川源流地帯の山々。
川の右手(西)はスイス
山の向こうはイタリアだ。


ブレーゲンツを過ぎると
ほとんど意識しないまま国境を越え、ドイツに入る。
ここからボーデン湖の北岸を西に走る。
地図では湖岸の道だが
実際には湖岸の丘の上を走る部分が多い。
セリ科の白い花に囲まれた
地表のうねりに忠実な典型的なドイツの田舎道だ。

「ちょっとおなかがすいてきましたねぇ…」
この先にマクドナルドがあるのを知っているボクは
それとなくWさんに聞いた。
「そうですねぇ…。どこかで簡単に食って
フランクフルトまで行きましょう」
しばらく走って「あ、あそこでいいですか?」と
白々しく、林の中に突然姿を現わす“m”マークの看板を指差す。
いくらなんでも、いきなりマクドナルドに乗りつけて
「ここで夕食にしましょう」と言う勇気は
ボクにはなかったのだ。(^_^;

「ドライブスルーでもいいですよ」と
Wさんもその気になったので
ボクは“Macdrive”の矢印に従ってクルマを横付けした。
フィッシュマックとハンバーガーロイヤル・ミット・ケーゼをほおばり
“Mercedes Benz”という青いネオンを載せた巨大なビルを眺めながら
シュトゥットガルトの町を通りすぎると
1ヶ月にわたるドライブの、最後の区間は短かった。


初夏のドイツに欠かせない
シュパーゲル(アスパラガス)。
缶詰や瓶詰めは年中あるが
やはり生を茹でて食べるのが最高!
初夏には、街角の露店に
採れたてのが並ぶ。
日本でいうなら
朝掘りのタケノコ的感覚。


フランクフルトでの常宿、中央駅近くの
Hotel ARCADEにチェックインしたとき
日付は、帰りのチケットに記載された
7月6日に替わろうとしていた。

翌朝、Wさんを空港まで送った後、ホテルに戻って荷作りをした。
部屋のゴミ箱に捨てられたWさんの靴や衣類は
袋に入れて、街角の大きなゴミ箱に捨ててあげた。
まだまだ使えるものを捨てていくことで
日本人客に対するドイツ人従業員の印象を
悪くしたくはなかったのだ。

ホテルを出たボクはStadtmitteに向かい
Villeroy & Bochの植木鉢を探すため、Hauptwache界隈をぶらついた。
植木鉢を買い、ゲーテ広場に面したカフェでコーヒーを飲んだだけで
ツアー最後の昼は終わった。


フィレロイ・ウント・ボッホの植木鉢。
同社の食器シリーズの
代表的な絵柄が揃っており
大きさは大小2種類。
大きいほうが直径95mm・高さ85mm。
Villeroy & Bochの食器を売る店は
ヨーロッパの都会ならどこにでもあるが
植木鉢はなかなか手に入らない貴重品。


空港に向かい、[RENT-A-CAR RETURN →]の標識にしたがって
Hertz の返却専用パーキングに停めたとき
1ヶ月近くお世話になったモンデオの積算距離計は
17,630kmに達していた。

27日間で12,160kmに達する走りっぱなしの旅だった。
“もっとゆっくりすれば良いのに”
…という気持ちは常にあった。
急いで通過したために
その土地の魅力を見落としてしまったところも多いと思う。
でも、それができずに、ただひたすら走りまくるのが
今のボクには、最も自分らしい旅のように感じられるのだ。

==【完】==============================================