1メートルくらいの高さの生け垣の切れ目から中に入ると 
薄紫色の塊が目に飛び込んできた。 
人の背丈ほどに繁った、満開の紫陽花の木だった。 
紫陽花の木を眺めつつ先に進むとアーチ形の玄関がある。 
 
玄関の左側の柱には 
唐草様の飾りをつけた鉄の箱が取り付けられ 
中にはA3版くらいの紙に書かれたメニューが 
豆電球の照明に照らし出されている。 
右側の柱には、フランスのどこにも共通の 
宿泊施設を表わす八角形の紺色の看板が架かっている。 
紺色の看板の中には、白い帯の上に赤い☆が1個だけ入っていた。 
 
重たい木のドアを開けて中に入る。 
入ってすぐ、階上のペンションのレセプションを兼ねたレジがあり 
奥の壁には、大きな真鍮製のボディーにゴムの輪っかがはまった 
客室のキーを留めたキーホルダーがぶら下がっている。 
予想どおりのディテールだ。(^_^)  
 
  
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日が暮れかける頃まで走って 
ようやく発見した 
『美味しいところ』は 
我々の期待をはるかに上回る 
野趣あふれるオーベルジュだった。 
店の内外装のディテイルも 
雰囲気も味も 
何もかもが心地良かった。 
こういう偶然の発見があるから 
いつまでたっても 
『激走』はやめられない。 
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やや間をおいて 
白いエプロンをした小太りのおばちゃんが出てきた。 
「ボンソワ〜 ムッシュ〜」 
「ぼんそわ… まだーむ…」 
会話になったのはここまでだった。(^_^;  
英語で話しかけてみたが、まったく通じない。 
でも、おばちゃんもわれわれも、そんなことは全然意に介さず 
おばちゃんの手招きで空いている席に着く。 
 
店内には6人がけのテーブルが10卓ほどあり 
3組ほどの先客がいる。 
どのテーブルにも燭台があり 
お客のいるところはローソクに火がともっている。 
淡いピンクに白と濃紺の幾何学模様の刺繍が入ったテーブルクロスと 
テーブルとテーブルの間に置かれたゴムの木やアイビーは 
きっと、あのおばちゃんの趣味なのだろう。 
 
しばらくして、おばちゃんが飲み物と食べ物の注文を聞きにきた。 
「ヴァイン アウス…」と言いかけて 
「ヴァン…、えーっと、えーっと…」困ったなぁ…。 
手をぐるぐる回して「リジョン」と言うと、どうやら通じたようだ。 
「それとカルテもねっ、おばちゃん!」 
…と、Wさんもびっくりのハチャメチャな会話だったが 
おばちゃんは満面に笑みを浮かべて「ウィ ムッシュー」と言うと 
“1990 Dom Brial Cotes du Roussillon” 
というボトル入りの赤ワインと 
皮表紙のメニューを持ってきてくれた。 
樽から汲んだワインを期待していたのだが 
ここはラングドック=ルション地方だから 
リージョナルなワインには違いない。 
 
メニューに目を移すと、何が何だかさっぱりわからない。 
しばらく悩んでいると、他の席から 
どこにでも一人はいる 
“ワタシエイゴワカリマス”おじさんがやってきた。 
が、コイツの英語はボクのフランス語よりちょっとマシ程度。 
つまり…、ほとんどわからないのである。 
メニューを見ながら 
ひとつひとつの料理を説明するなどとんでもない難題で 
「オマエハナニヲクイタイノダ?」と聞いているのが 
やっとわかるというありさま。 
仕方がないのでボクが「フィッシュ」と言うと 
“それはこのあたりだ”と、メニューの一部分を指でなぞってくれた。 
 
“なるほど…、魚料理には3種類あるのか…” 
それしかわからなかったので、一番長い名前のを頼んだ。 
ま、フランス語がちょっとぐらい読めたところで 
“ガスコーニュ湾で獲れた魚のルション風ソースがけ”ってな具合では 
どんな料理かわからないから 
出てきた料理が美味けりゃそれで良いのだ。(^_^;  
ワインを飲んでいい気分になりかけたところへ出てきたのは 
期待を完全に上まわる大きさ、派手さ、美味しさ! の料理だった。 
体長30cm程度のヒラメみたいな魚を揚げた上に 
野菜たっぷりの“アン”がかかっている。 
 
Wさんが「ちょっと体調が悪いので」なんて言うものだから 
0.7リットル(だったと思う)のワインのほとんどを 
元々下戸で、しかもWさん以上に疲れているかもしれないボクが飲んだ。 
通りすがりに良さそうな店を発見して 
入ってみると、本当にいい感じのおっちゃんおばちゃんがやってて 
おまけに美味しい料理に巡り合えたりすると 
ついつい調子に乗って飲みすぎてしまう。 
う〜ん、ここの2Fに泊まりたいなぁ! 
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