『吉村誠也のTOOL BOX』 オートメカニック・95年3月号

 『16V』だとか『EFI』などと
いうエンブレムを貼ったクルマがあ
るように、工具にも『フォージド・
アロイ』や『バナジウム・エキスト
ラ』などと刻印されたものが多い。
フォージド・アロイは鍛造された合
金、バナジウム・エキストラは特殊
バナジウムといった意味であるが、
材料だけでなく『鍛造』という製法
そのものをセールスポイントとする
ところが工具らしい。      
 クルマのパーツ、とくにアフター
マーケットの改造パーツなどでは、
最もカッコいいとされるのが軽合金
の削り出しで、鋳造品は、それが鋳
造で作られたというだけで安物の烙
印を押されることが多い。鍛造品は
コストが高いため、鋳造や削り出し
ほど改造パーツには多くないが、あ
ったとしても削り出しほどカッコ良
くは見えない。         
 良心的なメーカーが頑張って鍛造
で造ったホイールでさえ、一見した
だけではいい加減な鋳造品と見分け
がつかないから、わざわざ値段の高
い鍛造品を選ぶのは、奇特なマニア
か、さもなければ、高けりゃいいと
考えているオカネモチ。どちらにし
ても小数派である。       
 鍛造とはその名のとおり、素材を
鍛えることである。熱間鍛造と冷間
鍛造があるが、いずれも鯛焼きの型
のような型の一方に、あらかじめそ
れに近い形に成形した材料を置き、
何トンもの力でもう一方の型をプレ

スし、材料を鯛焼きの形に延ばして
いるのだ。           
 溶かした材料を、ただ型に流し込
む鋳造とは違い、緻密で粘り強い鯛
焼きができるわけだ。クランクシャ
フトとピストンを結ぶコネクティン
グロッドの多くが鍛造で作られてい
ることからも、いかに強度の高いも
のができるかがわかる。     
 しかし鍛造にも欠点はある。2個
の型を合わせて作るため、どうして
も型の継ぎ目が製品に現われてしま
う。これをうまく隠れる位置にする
のが設計者の腕の見せどころだが、
ものによってはそうもいかない。 
 どうしても継ぎ目を隠したければ
手や機械で追加工するしかない。た
だでさえ金のかかる鍛造品に、さら
に追加工しなければカッコ良く仕上
がらないから、本当に鍛造でなけれ
ばならないもの以外は削り出しで済
まされることが多い。      
 にもかかわらず、一流メーカーで
はほとんどのレンチ類と多くのプラ
イヤー類を鍛造で作っている。もち
ろん、鍛造のままでは二面幅やソケ
ット部分などの精度が出ず、プライ
ヤー類の組み立てもできないから、
後で機械加工が施されている。見た
目に悪いだけでなく、直接手で触る
レンチに継ぎ目があってはならない
から、このときに継ぎ目も落とされ
るのが普通だ。         
 私事(オートバイの話)で恐縮だ
が、かつてのビモータのステップや

ホンダのワークスマシン・RVF750
(93モデルまで)のスイングアーム
が鍛造+削り出しだったのを発見し
た私は驚愕した。しかし、よく考え
てみると、工具の世界では、これが
当たり前の方法なのである。(もち
ろん、手間も暇もコストも違うし、
ひょっとするとモノ造りに込められ
たエンジニアの情熱も違うのかもし
れないが…)          
 優秀な材料を選び、鍛造による粘
り強さや、継ぎ目以外の部分の肌の
なめらかさと、機械加工(削り出し)
による精度の高さを併せ持ち、さら
に表面処理によって硬度を増してい
るのが一流メーカーのレンチやプラ
イヤーなのだ。         
 レンチ類では、残念ながら、鍛造
品であるかどうかは、ボルトやナッ
トが破損するほど力を加えてみない
とわからないが、プライヤー類であ
れば、何も挟まずに柄を強く握って
みればわかる。ただ強いだけのデリ
カシーのない製品は別として、鍛造
による強さを生かしてシェイプアッ
プされた製品は『ああ、なるほど、
鍛造ってのはこういうものなんだ』
と実感させてくれる。      
 その一例として、ドイツ・クニペ
ックス社のウォーターポンププライ
ヤー(No.88-250 など)とファコムの
バイスプライヤー(No.507の旧型)
を挙げておきたい。       
                
                


MAIN MENU
雑誌リスト
前ページ タイトル一覧 次ページ