XJ900の爽快チューン
2009年8月20日 - クランクケース内の強制減圧(その2) 気筒間連通ポートとブリーザーの構造
     
 XJ900のルーツは、 1980年に登場したXJ650である。余談だが、XJ650はヤマハ初の4ストローク4気筒エンジン搭載車ではない。XJ650よりも2年早く発売されたXS1100が、同社初の4ストローク4気筒車である。
 ヤマハ製4ストローク車の旗艦として開発されたXS1100はしかし、先に登場したXS750系3気筒エンジンをベースに1気筒追加したようなレイアウトであり、排気量の拡大によって旗艦にふさわしいパワーを稼ぐという、きわめてまっとうでありながら、技術的新規性を求めない開発姿勢を感じさせるエンジンだった。
 ところが、その2年後に現われたXJ650は、 シリンダーから上こそライバル各車と大差のない手堅い造りだったものの、ドライブトレイン/補器類などのレイアウトをも含めたクランクケースの構造には、単に設計が新しいだけでなく、内部の空気やオイルの流れを考えた緻密な造り込みのあとがうかがえる。

XJ650/750/900に共通の左クランクケースカバーの形状。特徴的ではあるが、中味を現わさないデザインが施されている。
 中でも注目に値するのは、#1〜#2気筒間と#3〜#4気筒間のクランクシ
ャフトジャーナル前方の隔壁に、明瞭な気筒間連通ポートを持っていること、#1&#4気筒のクランク室底部

の空間をオイルパン上部に開放する通路を持つこと、ブリーザーから排出されるブローバイガスに混ざったオイルミストを徹底して除去しようとしていること…などである。
#1〜#2気筒間、#3〜#4気筒間に設けられた気筒間連通ポート。クランクシャフトジャーナル前方の隔壁を貫通する丸穴。左クランクケースカバーを外したところ。左上(シフトドラム上部)にある丸穴が、クランクケース内のガスの出口になっている。
オイルパンを外したケースを下から見たところ。オイルパン上部の隔壁には、#1気筒底部の膨らみにつながる縦長の穴がある。
 上に書いた気筒間連通ポートが、ピストン下側の空気を動きやすくしてポンピングロスの低減を狙ったものであるのは明らかで、#1&#4気筒のクランク下から伸びる開放通路も
同様な効果をあわせ持っている。
 同時代のライバル車と比較するとXJ650/750/900系は エンジンブレーキの効きが弱く、スロットルを戻した瞬間のフロント荷重の増加が緩や

かだった。シャフトドライブゆえにそういう特性を狙ったと解するよりも、穏やかでありながらわかりやすいピッチングモーションを創出するため…と考えるのが素直である。
左クランクケースカバーの裏面に並んだ2つのブリーザー室カバー。右側の丸穴が入り口で、左上の側面に出口がある。
別室になったスパイラルベベルギア収納部。ここを前後に貫通するシャフト上下の空間に下の写真のカバー突起部が入る。
2つのブリーザー室カバーのうち出口に近い側は、上の写真のシャフトを避けた大きな張り出しを持ち、内容積を稼いでいる。
 このエンジンのもうひとつの特徴は、ブリーザーから排出されるガスからのオイルミスト除去に、異例とも言える積極的な取り組みが見られる点で、特徴的な形状の左クランク
ケースカバーの裏面に2つのブリーザー室を設け、それを覆うカバーの形状を工夫し、さらにその取りつけ面のガスケットをセパレーターに使い、複雑な迷路を形成している。
 横置きクランクのシャフトドライブ車に必須のベベルギア(ヤマハではミドルドライブギアと呼ぶ)周囲の空洞にもカバーが突き出し、ブリ
ーザー室の容積を稼いでいる。
ブリーザー室カバーのガスケットは、ただの漏れ止めではなく、仕切り板としても使われ、平面と穴により迷路を形成している。
上の写真のカバーを外したところ。斜めに隔壁によって上下2室に別れている。この中にもステンレスたわしを充填している。
隔壁下部に入ったガスは、左上の隙間を通って上部に流れる。右下にある隙間は、上部で捕捉されたオイルの戻り用。
 ブリーザーから排出されるガスに含まれるオイルミストは、迷路のような通路内壁に接触し捕捉される。だが、取り除いたオイルミストも、集まれば通常のオイルとなり、溜ま
れば溢れたり、ブリーザーの機能を低下させたりする恐れがある。
 そこで設けられているのが、集ま
ったオイルの戻り通路である。このエンジンは戻り通路についてもよく

考えられており、2つのブリーザー室底部を結ぶ通路と、そこからクランクケースカバー裏面を斜めに通ってクランクケースに入り、オイルパンの底部に達する通路を備える。
油気分離のため、ブリーザー基部に迷路を設けるのは常識だが、ここまで凝った構造のエンジンは珍しいのではなかろうか。
 捕捉したオイルミストが集まってできたオイルを、ただクランクケース内に戻すのではなく、専用の通路を通して、常にエンジンオイル油面下にあるオイルパン底部まで導いているあたりに、油気分離に関する真剣な取り組みが感じられる。
 こうした設計のおかげで、XJ650/
750/900系エンジンは、STDのままでもブリーザーからのオイルの吹き出しが少なく、クランクケース内のエンジンオイルレベルを高くしすぎない限り、エアクリーナーボックス内がオイルでベトベトになるといったよくあるトラブルとも無縁である。
 だが私は、ブリーザーホースをエアクリナーボックスではなく自作のリードバルブ室に導き、そこにY.I.
C.S.通路からの負圧ホースを接続し
2室の形状と連結通路に注目。内壁に見えるオイルは、取り外し時に付着したもので、稼働中はこんなにオイリーではない。
斜め下に向かった戻り側の通路は、ここで直角に向きを変え、クランクケースカバー取りつけ面を貫通してケース内に向かう。
上の写真の戻り側通路の穴と合わさるクランクケース側の穴。戻り側通路はこの奥で下に向きを変え、オイルパンに向かう。
ている。こうして積極的に吸い出すわけだから、 STD状態と同じように油気分離がうまくいく保証はない。
 それに、そもそも油気分離に“やりすぎ”があるわけがない…と考え

て、空気の通りを著しく阻害せず、しかもオイルミストの捕捉に効果のありそうなフィルターをブリーザー室に充填することにした。
 現在、フィルターに使っているの

は、台所用のステンレスたわしである。これは全体がわずか数本のステンレス線でできており、細かなクズが落ちる心配がなく、耐油性/耐熱性にも優れているはずだ。
クランクケース底部に加工された、戻り側オイル通路の入り口(上)と出口(下)。3区間にまたがる通路の中間部分である。
XJ900のクランクケース全景。知れば知るほど細部の造りに感心。あの時代にこれを造った設計者に敬意を表したい。
オイルパン取りつけ面から下にも戻り側オイル通路は続いており、最も底に近い部分で横向きに開いた穴に達している。
 このように、元からかなり優秀な油気分離能力を持つブリーザーにもかかわらず、冬場には、リードバルブハウジングあたりで結露した水と混ざった乳化物の生成が見られた。
 ところが、フィルターを充填した後はそのようなことがなく、いつ見てもリードバルブハウジング内は乾いており、ステンレスたわしの充填によってオイルミスト捕捉能力が高
まったことを裏づけている。
 私のXJ900における クランクケース内減圧システムの詳細レポート。
次回はいよいよリードバルブとそのハウジングに進む予定である。


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