XJ900の爽快チューン
2011年10月1日 - ヤマハWGP参戦50周年記念メモリアルラン(整備編)   
     
ミクニのマグボディ・フラットバルブのキャブ。'86〜87YZR250は、これの半分を使っていたので、私には扱い慣れた物だった。昨日の転倒で傷ついたOW76。マシンに異常はなく、冷えたストリートタイヤの1周めに少々開けすぎたのが問題だったか…。
 今日は走行の予定なし。昨日の練習とリハーサルが雨で中止になっていれば、今日の17時からの予備枠を使ってリハーサルをすることになっていたが、その必要はなくなった。
 …ということで、 8:30から18:00まで、マシンは展示しっぱなし。必要な作業は、走行前、つまり明日の朝にすべきこと(給油やタイヤの空気圧調整などの走行準備)ばかりなので、何もせず、ただ店番をしているだけ…になりそうな気配だった。
 ところが、テントを覗きにやってきたライダーにマシンの調子を聞くと、みんな、かなり濃いめのキャブセッティングが不満のようだった。
 阿部さんいわく 「10000回転から上のツキが悪く、スロットルを開けて待っていないとうまく加速できない」とのこと。事前に袋井のヤマハコースで試乗したとはいえ、初めてのコースで、1990年代の2スト500cc
GPマシンを10000rpm以上回して、さらにスロットルを開けて待ってるなど、容易にできることではない。さ

すがオートレースの選手というべきか、とにかく、その言葉を聞いた私が喜んだのは言うまでもない。
 OWL5(YZR250)に乗った中野さんも同じようなことを言っていたらしく、いくらメモランとはいえ、もう少し絞って、乗りやすくしてあげたほうがよさそうな気がしてきた。
 だが、キャブセッティングを変えるとなると、作業後、エンジンをかけて点検しなければならない。これは“準備”ではなく“点検”だから
“明日の朝”ではダメだ。点検の結果が常にOKとは限らず、NG〜やり直しの可能性がゼロではないからだ。
 そこでまず、まとめ役の佐々木さんを通して、サーキット側の責任者にエンジンを始動してもよい時間帯を確認した。おそらく、昨日と同じく、 午後のMoto2の走行中(今日は予選だが)ならOKのはず…と思っていたら、 案の定、 15:10〜15:55のMoto2の予選中ならOKとのこと。 そこで、 15:10にエンジンが始動できるよう、作業開始を14時に決めた。

 武内さんは、テントの下に展示したままでOWL5のカウリングを外し、フロントを持ち上げた状態でささっとキャブセッティングを変えてしま
ったが、OWF9はサービスハウスの中に入れて作業した。ちら見せ程度ならいいが、あまり開けっぴろげにするな…と言われていたからだ。
 そのわけは、長らく不動状態で保管されていたOWL9を、メモランに合わせて走行できるように整備するとき、物によってはきれいなスペアパ
ーツがなく、少々傷や錆のあるパーツを使っていたからだ。機能的には何も問題なくても“どうぞご覧ください”と言うには少々恥ずかしい。
 で、14時前に、まずはデータシートを見て現状のキャブセッティングを調べ、現役時代にこのマシンを触
ったことのある山本さんと相談しながら、どこをどう変えるかを決め、それに必要なパーツがあるかどうかを確認した。 メインノズルをP-5からP-3に絞り、 パイロットエアジェ
ットを 1.3よりも少々大きくしたか
現役時代を髣髴させる、素早く緻密なメンテナンスでOWL5の面倒を見る武内さん。テントの下でメインジェットを交換。ヤマハ最後の250ccワークスロードレーサーOWL5は、三日月型断面のスロットルバルブを持つケーヒンのキャブを使用。
ったのに、どちらも4気筒分揃っておらず、 結局メインノズルはP-4、パイロットエアは下側2気筒を1.4にするのが、手持ちのパーツでできる最善策だろうということになった。
 作業後、ガソリンを2Lだけ入れて15:10になるのを待ち、 テントの下でエンジンを始動。昨日ほどてこずらずに始動できてほっとしたのも束の間、スロットルレスポンスが昨日と全然違い、異様にかったるい。暖まれば直るかな…と思ってブリッピングを続けていると、すぐにマシになり、やがて気にならなくなった。
 時間はたっぷりあるから、70度まで水温を上げようとしてブリッピングを続けていると、60度を超えたあたりでツキが悪くなり、エンストした。止まり方からしてガス欠以外に考えられない。タンクキャップを取
って中を見ると、深さ5mm程度しか残っていない。コックがONでも、これくらい残るのはよくあること。それを見た私は“2Lしか入れなかったからなあ”で済ませそうになった。

 だが待てよ。エンストした原因の99.9%がガス欠だとして、 0.1%くらいは他にあるんじゃないか。それに、ガソリンが“なくなった”ガス欠もあれば“流れない”ガス欠もあるんじゃないか。コックがONでもガソリンが残るってのは、このタンクでテストしたわけじゃないよな。おまけに、エンストする直前のツキの悪さと、エンジン始動直後のかったるさが、なんだか似てやしないか。
 ふだんは回りの悪い頭も、サーキ
ットに居るときは少々オーバレブが効く(笑)。こうなれば、いろんな疑惑を、ひとつひとつ潰していくしかない。幸い、時間はたっぷりある。
 そこで私は、すでに片づけモードに入っていた山本さんに「悪いけどもう一度エンジンをかけてみたいので、手伝ってください」と、お願いした。すると彼は「じゃあ、もう一度ガソリンを入れましょう」と、即座に、気持ちよく応じてくれた。
 その瞬間、まだ何も解決していないにもかかわらず、私は嬉しくてた

まらなかった。山本さんが応じてくれたのはもちろん、それを頼めた自分と、それを頼める雰囲気の中で仕事をしていることが嬉しかった。
 続いて私は、山本さんに「なんだかねえ、さっきのエンジンの止まり方が、ただのガス欠じゃないような気がするんです」と、打ち明けた。
 ひょっとすると自分のミスが原因かもしれず、あるいは単なる思いすごしかもしれない、いずれにしても
“カッコわる〜”の結末が予想されることを、何の感情も交えずに話せる環境。これこそ、私が現役だった頃、いや、それより昔から現在に至るまで、このワークスチームが守り育ててきた良き伝統のひとつだ。
 まあ、中には、そうした環境の良さに気づかず、生かせなかったメカニックもいただろうが、私は24年ぶりにもかかわらず、以前身につけた
“ここでのやり方”を、まるで昨日のことのように実践できた。
 で、OWF9のほうは、2Lのガソリン追加後も、始動直後の“極端に薄く
明日のメモラン本番に備え、混合ガソリンの残量(総量)を確かめる千明さん。今できることは“今すぐ”する人だ。レーサーズ公開取材の1シーン。期待どおりの“濃い”内容だったが、45分はいかにも時間不足。第2ラウンドを期待したい。
回転が安定しない感じ”が出た。途中までとはいえ、暖機したばかりなので、冷えが原因とは思えない。
 だとすると、これはひょっとして上に書いた“流れない”ガス欠なのではないか…。そう考えて、エンジンを止め、再びサービスハウス内に入れたOWF9のガソリンタンクとカウリングを外し、コックからキャブに至るガソリンホースを点検した。
 上から見ただけではわからない問題が、フレームの間に首を突っ込んだり、ホースを捻って裏側を点検していると、だんだんわかってきた。
 コックから前に向かったホースが90度左に向きを変えて左側メインフレーム内側に達し、キャブに向かって90度下向きに曲がるところのRがキツすぎ、縦に伸びにくい材質だったせいか、曲げ部内側のホース材が断面内部に向かってせり出して空間をふさぎ、ガソリンの通りを悪くしているのが原因だと判明した。
 そうとわかれば、あとは簡単だ。スペアパーツの箱から90度曲げ成形

済みのホースを探し出し、曲げ部が適切な位置にくるようにして余分をカット。上側気筒の2本のエキパイの間を通る部分には、古いホースから外した断熱材のシート(変形自在でベルクロふうに貼りつくタイプ)を平野さんが移植してくださった。
 どうやら、このマシンのタンクは本来のOWF9用ではなく、外側のプレス型が共通の他仕様(または他機種用)らしく、コックが本来のOWF9とは異なる位置についており、ホースの取り回しがオリジナルとは違っていたのが、急な折れ曲がりにつながり、トラブルに発展したようだ。
 この作業中、周りから「暖機許可時間をすぎたらどうするんですか」みたいな声が聞こえてきたので、私が「かまわずかけますよ。誰かが止めろと言いに来るまでは…」と言うと、横にいた武内さんが「当然ですよね!」と援護してくれた。
 そんなやりとりを交えつつホース交換を終え、アンダーカウルを外したOWF9の“お尻”だけドアから外に

出した状態でエンジンを始動した。
 今度は、かかった瞬間の感触からして全然違った。何度かブリッピングをすると、足元で「OKです。ちゃんと流れてますよ」と、山本さんの声がした。しゃがみこんで、キャブに入る部分の透明なガソリンホースを観察してくれていたのだ。スロットルグリップを彼に預け、私もホースを見た。 5000rpmあたりまでのブリッピングでも、けっこうな勢いでガソリンが流れ、キャブに吸い込まれていくのがわかる。対策完了だ。
 こうした対策が必要だったにもかかわらず、昨日の練習とリハーサルで問題が出なかったのは、ガソリンを15Lも入れていたので落下しやすく、振動も加わり、幸運にも消費量に見合った流量がギリギリ確保できていたからだろう。しかし、本番で同じ幸運に恵まれるとは限らない。
 最悪、メモラン途中のガス欠も起こり得たわけだ。ここらで“まったくうまい人選でしたね、北川さん”
と、自慢してみるか(笑)。


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