『吉村誠也のTOOL BOX』 オートメカニック・95年12月号

「濡れたペットの乾燥に使用しない
でください」          
「耳に入れないでください」   
「ミラーに映っている物体は、見た
感じよりも近くにあります」   
「熱いので火傷にご注意ください」
 上から順に、電子レンジ、綿棒、
クルマのドアミラー、ファーストフ
ードの店のコーヒーカップに書かれ
た注意書きだ。アメリカでは、この
テの、煩わしく、ときには消費者を
バカにしているんじゃないかと思わ
せる注意書き(またはアナウンス)
を見聞きすることが多い。    
 PL法のせいだ。いや、PL法が
悪いのではなく、司法制度に問題が
あるのだろう。電子レンジに入れて
濡れたペットを乾かそうとするよう
な者が「ペットが死んだのは、取り
扱い説明書に『濡れたペットの乾燥
に使ってはいけない』と書かなかっ
た電子レンジメーカーの責任だ」と
主張し、それが認められてしまう。
 電子レンジでペットを死なせたユ
ーザー、綿棒で耳の中に傷をつけた
消費者、ミラーに映った後続車が遠
いと思い込んで進路変更をして接触

事故を起こしたドライバー、コーヒ
ーで火傷をした客などが、製造者や
販売者を相手に損害賠償を請求する
のが『消費者の権利』としてまかり
通るようでは、物の製造や販売など
恐くてできやしない。      
 勢い、どのメーカーも、最初に書
いたような注意を、製品や取り扱い
説明書に表示せざるをえなくなる。
「濡れたペットの乾燥に使用しない
でください」と表示してはじめて、
電子レンジメーカーは、ペットの死
に対する責任を逃れることができる
というわけだ。         
 綿棒を買う者の何割が耳の掃除に
使うか知らないが、けっこう高率な
のは間違いないだろう。彼らに対し
て「耳に入れないでください」と表
示した綿棒を売らざるをえないのが
アメリカの製造者であり販売者であ
る。「そのうち『ボンネットを開け
ないでください』とか『道路で運転
しないでください』と表示されたク
ルマが登場するんじゃないか……」
といった冗談が、冗談で済まないと
ころが『病める訴靱大国』アメリカ
の現状なのだ。         

 PL法元年を迎えた日本は、幸い
まだ『病んで』はいない。PL法の
内容も司法制度も、アメリカのそれ
とは違う。しかし、それでも、PL
法を逆手にとって企業や商店を脅か
す『ごろつき』がまかり通る可能性
は高くなった。         
 こうした状況になって恐いのは、
消費者を恐れるあまり、臆病になっ
た製造者や販売者が『注意書き』と
いう名のエクスキューズを連発する
ことと、逆に傲慢になった製造者や
販売者が、そのテのエクスキューズ
でごまかした不完全な製品を世に出
すことだ。           
 柄で指を挟むかもしれないプライ
ヤーを、何とか指を挟まないように
改良するのではなく、ただ『強く握
ってはいけません』という注意書き
を添付するだけで済ませてしまった
のでは本末転倒。何のための消費者
保護かわからない。『ごろつき』を
許さず、製造者や販売者の怠慢を監
視しながら、不完全とはいえようや
くできた消費者保護のための法律が
正しく運用されるように見守ってい
きたいものである。       


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