懐の深さを感じさせてくれる ヨーロッパの草レース
(ライディングスポーツ 96年1月号)

                       
 4年前の夏、オランダGPの取材を控えて、ボク
は1週間早くヨーロッパに渡った。とくにこれとい
った目的があったわけではない。ただちょっと、福
田照男GPチームの本拠地だったヴォウデンベルク
という街を訪ねてみたかったのだ。       
 アムステルダム・スキポール空港からレンタカー
で約30分。ドイツに向かうアウトバーン・A1から
降りて少し行ったところにヴォウデンベルクの街は
ある。このあたりは、アライヘルメットヨーロッパ
のボスであるフェリー・ブラワーのオフィスと家、
日本のGPカメラマン・木引繁男氏の家、チーム竹
島の借りていたガレージなどがある、日本人GP関
係者にはなじみの深い場所である。       
 ヴォウデンベルクの街外れの古い倉庫の一角に、
世界選手権サイドカーモトクロスのチャンピオンだ
ったトン・ファン・ヘフテンが経営する中古車屋、
兼、彼のワークショップがある。福田チームは、そ
の一部を間借りしていたのだ。7年ぶりに行ってみ
ると、そこでは、トンのメカニックだったジェリー
がオートバイ屋を開業していた。        
 イギリスからやってきてこの街に住みついたジェ
リーはその昔、片山敬済のメカニックをしていた男
だ。片山の世界チャンピオン獲得の武器となった3
気筒のTZ350(2気筒のTZ250に1気筒加
えたもの)を造るなど、機械加工のウデの良さと発
想の大胆さを併せ持った、知る人ぞ知る優秀なコン
ストラクターである。             
 不意に訪れたボクに、ジェリーは、新しいサイド
カーモトクロス用のエンジンを見せてくれた。それ
はホンダCR250のエンジンに、もう一つ気筒を
追加した、V型2気筒の500ccだった。クランク
ケースの作りかたやクランクの連結方法などは、か
つての3気筒TZと同じなのだ、と、エンジンを見
せながら彼は自慢そうに話してくれた。     
 翌日は、ジェリーの誘いで、彼の造ったVツイン
エンジンを積んだマシンが出場するヨーロッパ選手
権サイドカーモトクロスを見に行った。ドイツのビ
ールシュタインで行われるドイツ選手権モトクロス
と併催のレースだ。ミニモトクロッサーに乗る子供
のレースあり、JAWAやブルタコを引っ張りだし
てきたマニアによる旧車レースありの、ドイツ選手
権としては大きなイベントだった。       
 そこでは、見るものすべてが、ボクには珍しく、
うれしかった。スウェーデンのフォートランという
メーカーが造ったキットパーツを用い、ハスクバー
ナの単気筒・500ccエンジンを2基連結して造っ
た並列2気筒の1000ccエンジンや、それを積ん
で走るサイドカーモトクロッサー、JAWAのモト
クロッサーに履いたタイヤのブロックの角をナイフ
で目立てするハゲ頭のおっさん、ライダーの息子よ
り熱心にミニモトクロッサーのウォーミングアップ
をするオヤジ、ビール片手に丘の斜面に腰を据えて
観戦するオバちゃん、などなど……。      
 レースとしての世界選手権ロードレースがどんど
んハイレベル化し、イベントとしてのGPが年々プ
ロフェッショナルでコマーシャルな方向に向かって
も、こうしたいわゆる草レースは、昔ながらのほの
ぼのとした雰囲気をたたえながら、今なおヨーロッ
パの各地で行われている。           
 ジェリーの手造りマシンだって、日本のメーカー
のワークスマシンには立ち向かえないが、草レース
でなら優勝も夢ではない。この日、ジェリーのエン
ジンは朝から不調で、辛うじてスタートはしたもの
の、途中でリタイアしてしまった。それでもジェリ
ーは、いつもと同じようにうまそうにビールを飲み
ながら、残りのレースを観戦していた。     
 モトクロスでもロードレースでも、至るところで
このテの草レースが行われ、それぞれにジェリーの
ような工作名人の手造りマシンが走っている。歴史
の長さだけでなく、懐の深さもまた、ヨーロッパの
レース界の貴重な財産なのだ。         
                       


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